量子ホール効果
量子ホール効果とは、ホール抵抗と呼ばれる抵抗の値が飛び飛びの値を取る現象であり、この現象には量子力学的な構造が深く関わっています。この記事では量子ホール効果とはどういう現象なのかについて簡単に説明を行いました。
最終更新: 2021.05.13 21:17

ホール効果とは

ホール効果とは、磁場のかかった試料に電流を流すと、それと垂直な方向にも電圧が生じる現象であり、1879年にアメリカの物理学者ホールによって発見されました。高校の物理の教科書にも載っている有名な現象なので、ご存知の方も多いかもしれません。

この記事のメイントピックである量子ホール効果の面白さを知るためには、まずふつうのホール効果についてある程度知っておく必要があります。一緒に勉強してみましょう!

磁場のかかった空間を動く電子には、その速度と磁場の両方に垂直な向きにローレンツ力(ろーれんつりょく)と呼ばれる力がはたらきます。図のような状況だと電子は下向きy方向にローレンツ力を受けます。しばらくすると試料の一方の端(図の青い部分)には負の電荷が貯まり、反対の端(図のオレンジの部分)には正の電気が貯まることになるでしょう。

このようにして試料の端に貯まった電荷によってy方向に電場(電子に力を与える源)ができます、この電場はローレンツ力と反対向きに、クーロン力(くーろんりょく)と呼ばれる力を電子に与えるようになります。十分時間が経つとローレンツ力とクーロン力がつり合い、電子は一定の速さでx方向に動くようになります。この一定の速さで動く電子は+x方向の電流を運ぶことになります[1]

y方向の電場によりy方向の電圧が生じているため、電流の向きと垂直な方向に電圧が生じることが理解できます。この電圧をホール電圧と言います。ホール電圧をVH、と試料を流れる電流の大きさをIとしたとき、これらの比ρH=VH/Iホール抵抗率と言います。

電流の大きさに対してホール抵抗率の値は計算することができ[2]、結果は磁場(磁束密度)の大きさに比例します。このようにして説明される現象は、古典的なホール効果と呼ばれます。ここでの「古典的」という言葉の意味は、「量子力学を使わない」という意味です。

量子ホール効果

さてここまで古典的なホール効果について見てきました。いよいよ量子ホール効果について説明していきます。

量子ホール効果の場合も基本的な設定は古典的なホール効果と同じです。異なるのは非常に低温のもと、「ある程度」綺麗(クリーン)な試料を用いて実験を行うという点です。「ある程度」という言葉の意味についてはあとで説明します。

そのような状況で磁場の強さを変えながらホール抵抗を測定すると、どうなるでしょうか。古典的には、磁束密度Bとホール抵抗率ρHは比例関係にあるので、次のような実験結果が得られると期待されます。

ところが、実際に数ケルビン(およそ270 C)の低温下で実験をしてみると、次のような実験結果が得られるのです!

磁束密度Bとホール抵抗率ρHの関係がこのようになる現象を、量子ホール効果といいます。

量子ホール効果では次のような興味深い現象が起きています。

  • 磁場の大きさを変えてもホール抵抗率の値が変わらない領域(プラトー)が複数存在する。
  • プラトーにおけるホール抵抗率の値は,具体的な物質によらない普遍的な値である。

二つ目の点について少し補足します。ホール抵抗率の値ρHは、n=1,2,,を用いて ρH=he2×1n のような値を取ることが知られています。ここでeは電気素量と呼ばれる量で、電子一つが持つ電荷の大きさを表しています。また、hはプランク定数と呼ばれるもので、量子力学の世界において極めて重要な意味を持つ定数です。ホール抵抗率の値がこのような物理的に非常に重要な定数のみで表現されることは驚愕に値します。さらに、この値はある程度クリーンな物質であれば不純物によらず常に同じ値を取るのです!

今述べたことを踏まえて適切に軸のスケールを設定すると、磁束密度Bとホール抵抗率ρHの関係は、次のような綺麗なグラフになります。

値が不純物によらないというのは興味深い性質ですが、実は量子ホール効果においては、試料に存在する不純物がプラトーの出現に本質的な役割を担うのです!このため、上の図のような実験結果を得るためには、「ある程度」クリーンな試料であることが大切なのです。完全に不純物のない試料を作ることは困難ですから、量子ホール効果は現実的でかつ普遍的な結果を示す現象と言えます。

異常量子ホール効果

量子ホール効果では系全体に磁場をかけていました。磁場をかけているので、電流と直交する方向にホール電圧が出てもおかしくはないと考えられます。ところが磁場をかけていないにも関わらず、電流と直行する方向に電場が生じるような現象があります。

簡単のため、絶縁体のシート(2次元)がxy平面に無限に広がっているような系を考えます。電圧VHy方向にかかっているとします。絶縁体なので、電子は電場からエネルギーをもらって加速することはできません。したがって電子がy方向に動くことは許されず、y方向には電流は流れません。しかし、実は電子がx方向に動くことは禁止されないのです。低温下に2次元の絶縁体をおくと、x方向に流れる電流をIとしたとき、ホール抵抗率ρHと電流Iは先程と同様、 1ρHVHI=e2hn という関係を満たすことが知られています(今度はn=0のケースもあるので逆数を取ったものを書いています)。nは物質によって異なる整数です。n0にならないような物質では、(磁場をかけていないのにも関わらず)電場に直交する向きに電流が流れるということになります。しかも、電流密度と電場の比が、e2/hの整数倍になるというのです。このような不思議な現象を異常量子ホール効果といいます。ほとんどの物質ではn=0となりますが、実際にn0となるような物質も確認されており、異常量子ホール効果は実験的に検証されている効果です。量子ホール効果のときと同じく、系に不純物が少し加わったり系の形が少し変わったりしても、電流密度と電場の比は変わりません。

トポロジカル

上で説明したように、抵抗率はある決まった飛び飛びの値しか取らず、不純物が少し加わったり系の形を少し変えたりしても、一定の値をとり続けます。

唐突ですが、連続的な変形に対して保たれる量に注目するトポロジーという数学の概念があります。簡単な例を挙げてみます。取手のついたコーヒーカップを思い浮かべましょう。コーヒーカップが柔らかい(いくらでも伸ばしたり縮めたりできる)素材でできていたとします。このコーヒーカップは、連続的に変形していくことで、ドーナツと同じ形になります。この意味で、コーヒーカップとドーナツは同じ形と思うことにします。

それでは、コーヒーカップを連続的に変形させて、下図のような形にできるでしょうか?

直観的には不可能なように思えますが、どのようにしたら不可能だと言えるでしょうか。これには穴の数を考えると良いのです。コーヒーカップには穴は一つしかないですが、上の図形には穴が二つあります。連続的に(ぐにゃぐにゃと)コーヒーカップを変形しても、穴の数が変わることはないので、どんなに頑張ってもコーヒーカップを上図のように変形することはできないことが分かります。

この話のポイントは、連続変形に対して変わらない量(穴の数)を考えたことにあります。穴の数は整数値しかとらず、物体を連続的に動かしても変わりません。

ここで物理の話に戻ってきましょう。系の抵抗率はある決まった値しかとらず、少量の不純物といった小さい変化を系に加えても抵抗率は変わらないのでした。こうしてみると、トポロジーの話と少し似てるような気がしませんか?

実は、抵抗率の話はトポロジーと密接な関係があることが分かっています。抵抗率の話を、量子力学の言葉を使ってきちんというと「状態空間上に作られるバンドのチャーン数」が穴の数に対応します[3]。説明をしないで「状態空間」や「バンド」という言葉を用いましたが、これらを理解するためには、量子力学や固体物理学と呼ばれる分野を勉強する必要があります。興味を持った方は勉強してみてるとこの言葉の意味が分かるようになると思います。物性班で用意している解説PDFも参考になると思います。

分数量子ホール効果

ここまでで紹介した量子ホール効果は、正確には整数量子ホール効果と呼ばれるものです。抵抗率に現れる整数nがいくつかの分数となるような現象も知られており、これは分数量子ホール効果と呼ばれます。現象としてはとても似たものですが、そのメカニズムは整数量子ホール効果よりずっと複雑なものであることが知られています。


  1. 電流の向きは、電子が動いている向きとは反対方向が正であるというように定義します。 ↩︎

  2. 最初に量子ホール効果が観測された実験(文献)では半導体の界面を使用して実験が行われました。現在、量子ホール効果はさまざまな状況で実験が行われており、数多くの実験結果があります。 ↩︎

  3. 自由電子系のメカニズムは少し違うのですが、深いところではトポロジーと関係があると(私は)思っています。バンド描像的な自由電子系の扱いに関しては、解説PDFをご覧ください。 ↩︎