ホール効果とは、磁場のかかった試料に電流を流すと、それと垂直な方向にも電圧が生じる現象であり、1879年にアメリカの物理学者ホールによって発見されました。高校の物理の教科書にも載っている有名な現象なので、ご存知の方も多いかもしれません。
この記事のメイントピックである量子ホール効果の面白さを知るためには、まずふつうのホール効果についてある程度知っておく必要があります。一緒に勉強してみましょう!
磁場のかかった空間を動く電子には、その速度と磁場の両方に垂直な向きにローレンツ力(ろーれんつりょく)と呼ばれる力がはたらきます。図のような状況だと電子は下向き方向にローレンツ力を受けます。しばらくすると試料の一方の端(図の青い部分)には負の電荷が貯まり、反対の端(図のオレンジの部分)には正の電気が貯まることになるでしょう。
このようにして試料の端に貯まった電荷によって方向に電場(電子に力を与える源)ができます、この電場はローレンツ力と反対向きに、クーロン力(くーろんりょく)と呼ばれる力を電子に与えるようになります。十分時間が経つとローレンツ力とクーロン力がつり合い、電子は一定の速さで方向に動くようになります。この一定の速さで動く電子は方向の電流を運ぶことになります[1]。
方向の電場により方向の電圧が生じているため、電流の向きと垂直な方向に電圧が生じることが理解できます。この電圧をホール電圧と言います。ホール電圧を、と試料を流れる電流の大きさをとしたとき、これらの比をホール抵抗率と言います。
電流の大きさに対してホール抵抗率の値は計算することができ[2]、結果は磁場(磁束密度)の大きさに比例します。このようにして説明される現象は、古典的なホール効果と呼ばれます。ここでの「古典的」という言葉の意味は、「量子力学を使わない」という意味です。
さてここまで古典的なホール効果について見てきました。いよいよ量子ホール効果について説明していきます。
量子ホール効果の場合も基本的な設定は古典的なホール効果と同じです。異なるのは非常に低温のもと、「ある程度」綺麗(クリーン)な試料を用いて実験を行うという点です。「ある程度」という言葉の意味についてはあとで説明します。
そのような状況で磁場の強さを変えながらホール抵抗を測定すると、どうなるでしょうか。古典的には、磁束密度とホール抵抗率は比例関係にあるので、次のような実験結果が得られると期待されます。
ところが、実際に数ケルビン(およそ)の低温下で実験をしてみると、次のような実験結果が得られるのです!
磁束密度とホール抵抗率の関係がこのようになる現象を、量子ホール効果といいます。
量子ホール効果では次のような興味深い現象が起きています。
二つ目の点について少し補足します。ホール抵抗率の値は、を用いて のような値を取ることが知られています。ここでは電気素量と呼ばれる量で、電子一つが持つ電荷の大きさを表しています。また、はプランク定数と呼ばれるもので、量子力学の世界において極めて重要な意味を持つ定数です。ホール抵抗率の値がこのような物理的に非常に重要な定数のみで表現されることは驚愕に値します。さらに、この値はある程度クリーンな物質であれば不純物によらず常に同じ値を取るのです!
今述べたことを踏まえて適切に軸のスケールを設定すると、磁束密度とホール抵抗率の関係は、次のような綺麗なグラフになります。
値が不純物によらないというのは興味深い性質ですが、実は量子ホール効果においては、試料に存在する不純物がプラトーの出現に本質的な役割を担うのです!このため、上の図のような実験結果を得るためには、「ある程度」クリーンな試料であることが大切なのです。完全に不純物のない試料を作ることは困難ですから、量子ホール効果は現実的でかつ普遍的な結果を示す現象と言えます。
量子ホール効果では系全体に磁場をかけていました。磁場をかけているので、電流と直交する方向にホール電圧が出てもおかしくはないと考えられます。ところが磁場をかけていないにも関わらず、電流と直行する方向に電場が生じるような現象があります。
簡単のため、絶縁体のシート(次元)が平面に無限に広がっているような系を考えます。電圧が方向にかかっているとします。絶縁体なので、電子は電場からエネルギーをもらって加速することはできません。したがって電子が方向に動くことは許されず、方向には電流は流れません。しかし、実は電子が方向に動くことは禁止されないのです。低温下に次元の絶縁体をおくと、方向に流れる電流をとしたとき、ホール抵抗率と電流は先程と同様、 という関係を満たすことが知られています(今度はのケースもあるので逆数を取ったものを書いています)。は物質によって異なる整数です。がにならないような物質では、(磁場をかけていないのにも関わらず)電場に直交する向きに電流が流れるということになります。しかも、電流密度と電場の比が、の整数倍になるというのです。このような不思議な現象を異常量子ホール効果といいます。ほとんどの物質ではとなりますが、実際にとなるような物質も確認されており、異常量子ホール効果は実験的に検証されている効果です。量子ホール効果のときと同じく、系に不純物が少し加わったり系の形が少し変わったりしても、電流密度と電場の比は変わりません。
上で説明したように、抵抗率はある決まった飛び飛びの値しか取らず、不純物が少し加わったり系の形を少し変えたりしても、一定の値をとり続けます。
唐突ですが、連続的な変形に対して保たれる量に注目するトポロジーという数学の概念があります。簡単な例を挙げてみます。取手のついたコーヒーカップを思い浮かべましょう。コーヒーカップが柔らかい(いくらでも伸ばしたり縮めたりできる)素材でできていたとします。このコーヒーカップは、連続的に変形していくことで、ドーナツと同じ形になります。この意味で、コーヒーカップとドーナツは同じ形と思うことにします。
それでは、コーヒーカップを連続的に変形させて、下図のような形にできるでしょうか?
直観的には不可能なように思えますが、どのようにしたら不可能だと言えるでしょうか。これには穴の数を考えると良いのです。コーヒーカップには穴は一つしかないですが、上の図形には穴が二つあります。連続的に(ぐにゃぐにゃと)コーヒーカップを変形しても、穴の数が変わることはないので、どんなに頑張ってもコーヒーカップを上図のように変形することはできないことが分かります。
この話のポイントは、連続変形に対して変わらない量(穴の数)を考えたことにあります。穴の数は整数値しかとらず、物体を連続的に動かしても変わりません。
ここで物理の話に戻ってきましょう。系の抵抗率はある決まった値しかとらず、少量の不純物といった小さい変化を系に加えても抵抗率は変わらないのでした。こうしてみると、トポロジーの話と少し似てるような気がしませんか?
実は、抵抗率の話はトポロジーと密接な関係があることが分かっています。抵抗率の話を、量子力学の言葉を使ってきちんというと「状態空間上に作られるバンドのチャーン数」が穴の数に対応します[3]。説明をしないで「状態空間」や「バンド」という言葉を用いましたが、これらを理解するためには、量子力学や固体物理学と呼ばれる分野を勉強する必要があります。興味を持った方は勉強してみてるとこの言葉の意味が分かるようになると思います。物性班で用意している解説PDFも参考になると思います。
ここまでで紹介した量子ホール効果は、正確には整数量子ホール効果と呼ばれるものです。抵抗率に現れる整数がいくつかの分数となるような現象も知られており、これは分数量子ホール効果と呼ばれます。現象としてはとても似たものですが、そのメカニズムは整数量子ホール効果よりずっと複雑なものであることが知られています。