岩波文庫、読んでみませんか?
はじめに
大学生といえば読書。読書といえば岩波文庫。ということでこの記事では岩波文庫と個人的におすすめする書籍をご紹介したいと思います。理物のアドベントカレンダーということで物理の話題がところどころ出てきますが、物理学を学んでいない方に向けても役に立つ記事になっているかと思います。
岩波文庫について
岩波文庫とは、1913年創業の岩波書店が古今東西の古典の普及をめざして1927年に立ち上げた文庫です。カバーの背の色によって以下のように大きく5つに分類されています[1]。
- 青:思想・哲学・宗教・歴史・地理・音楽・美術・教育・自然科学
- 黄:日本文学(古典)
- 緑:日本文学(近代・現代)
- 白:法律・政治・経済・社会
- 赤:外国文学
駒場書籍部や本郷書籍部でも岩波文庫の書籍が棚一面に並べられています[2]。
(本郷書籍部の様子。豊富な品揃えです。)
岩波文庫は「古典の普及」と銘打っているだけあって一般の新書や小説と比べると堅い雰囲気を感じる方もいるかと思いますが、その分含蓄に富んだ本が多く、読了後には世界がまた一つ広がったような感覚を得ることができます。
個人的には、現代的な書籍は知識を広げるのに役に立つ一方、岩波文庫の書籍に代表されるような古典的な書籍はより根本の考え方の部分に変革をもたらす本が多いと感じています。これは単に教養を深め、見識を広める、ということだけではありません。実生活を生きる上でもニュースを見たときに表面的な情報に惑わされず情報の不足はないか、正当な根拠があるかを考え本質的に意味のある情報が何かを考えるようになったり、批判的に考えることで物事の細部まで追究して理解する力がついたりと、一言では言い表せませんが「深い」思考力が身についたような気がします[3][4]。これは物理学の教科書、論文を読んだり実験をしたりする上でも役に立っていると感じています。
いずれにせよこれは体験してみないとわからないものなので、以下では読書の世界に足を踏み入れたい、岩波文庫の魅力を知りたいという方に向けてその足がかりとすべく、個人的に読んで感動した本を紹介したいと思います。
岩波文庫おすすめ書籍3選
ここでは私が大学生になってから読んで感動した岩波文庫の書籍を、3冊紹介したいと思います。
以下は私の個人的興味に基づいたセレクションです。興味のある本を読むのが一番だと思うので皆さんもぜひご自分で珠玉の一冊を探してみてください。
1冊目 『読書について』 ショウペンハウエル著 齋藤忍随訳
読書は言ってみれば自分の頭ではなく、他人の頭で考えることである。(『思索』より)
読書は知識・見識を広める活動であり、一般に本は読めば読むほどいいと言われることが多いでしょう。そんな考え方に対し、ショウペンハウエルは警鐘を鳴らします。「多読は精神から弾力性をことごとく奪い去る」と述べ、自ら歩むこと、自ら考えることの重要性を説きます。これは、決して読書をするなということではありません。読書をし、自らの頭で考えないことが危険なのです。この本の中では、そうした状態に陥らないための方策が続けて述べられています。
私はこの本を読んだ時、頭に雷を落とされたような気持ちになりました。「読書はすればするほどいいものではないのか?!」と驚き、そしてしばらくしてから確かにと納得しました。大学生に身近な例としては、大学の講義があげられるでしょうか。単に講義を聞いてノートに写すことは、他人の頭で考えることです。そこで自ら疑問を探したり、疑ったり、問題を解いたり、自分で調べてみたりして初めてそれは学びになるのです。教科書は読めば読むほどいい、授業は受ければ受けるほどいい。そういった罠に陥らないために必要なことを教えてくれる一冊でした。
2冊目 『車輪の下』 ヘルマン・ヘッセ著 実吉捷郎 訳
前には校長の愛弟子であったかれが、今では校長に冷たくあつかわれたし、あきらかにわざわざ閑却された。しかもまさにヘブライ語ー校長の専門であるヘブライ語に対して、かれはしだいに、あらゆる興味を失って行った。(『車輪の下』より)
小さな町の少年ハンスは、勉学に励むことで首都の優秀な神学校に合格し、故郷から離れその学校で寄宿舎生活を送ることになります。順調に思えたその生活も、厳しい教育と反抗的な友人の影響で狂い始めます。疲れ果てて故郷に戻ったのち、少女に恋をし、機械工としての生活も始まりかけたときだったのですが、そこで…
この小説の主人公ハンスは、猛勉強の末地方の小さな町から優秀な神学校に進学しました。そこで感じた教師への不満や友人関係における軋轢にもがき苦しんでいるハンスの姿に対しては、多くの方が自らの中に何かしら共感できる経験を持っているのではないでしょうか。個人的には、地方から都会に進出し環境の変化に悩んだことや、そこでの教育に疑問を抱いた点が共感できました。またこの小説ではハンスの感情の変化や多面的な感情が精緻に表現されており、ハンスと自分を重ね合わせながら読むことで間近でそれを感じることができます。
あなたなら、自分にハンスの何を重ね合わせるでしょうか。
3冊目 『大学教育について』 J.S.ミル著 竹内一誠 訳
大学は職業教育の場ではありません。大学は、生計を得るためのある特定の手段に人々を適応させるのに必要な知識を教えることを目的とはしていないのです。大学の目的は、(中略)有能で教養ある人間を育成することにあります。(『大学教育について』より)
なぜ大学生は大学に通うのでしょうか。この問に答えることは困難ですし、そもそも大学に行く理由も人それぞれでしょう。「周りが行くから」という理由で行く人も多いでしょう。しかし、大学の存在意義、そして自分が何を求めて大学に通っているかは、大学生であれば考えてみる必要がある問いだと思います。この書籍は、著者のミルがセント・アンドルーズ大学名誉学長に就任した際の講演内容を収録したもので、その問いについて考えるための一助となる一冊です。読んでみると、彼の大学教育に対する明確な理念と視座の高さに驚くことでしょう。
物理学は、工学や医学と違って直接身の回りの生活に役に立つことは少ない学問かもしれません。しかし役に立つ学問のみを学べばいいのであれば、大学は職業教育の場に成り下がってしまいます。物理学を学ぶことには、例えば物事の根本を理解しようとする姿勢を身につけるという側面がありますが、直接役に立つ知識や考え方を身につけるわけではないという点においては大学教育に通ずるところがあるのかもしれません。
終わりに
大学生という期間は自分の思考力と価値観をめいっぱい広げられる期間でもあります。ぜひその一つの方法として読書を実践してみてはいかがでしょうか。