ドラムの話をします
なかしゅです。
準備
本題に入る前に、必要な知識を簡単にまとめておきます。紙面の都合と己の不勉強のため、数学的厳密性を欠いた記述がなされることもあります。ご容赦ください。
多様体と接空間
Hausdorff[1]な位相空間
(i)
(ii)
この時、集合と写像の組
いま、多様体上の微分可能な写像
いま、このような写像に対して、多様体上の曲線
と書かれます。これをチャート
のように書けます。ただし、
なるものと定義します(ここでは縮約記法を採用して、和の記号
と定めています。すなわち、この微分作用素
点
接空間
多様体のすべての点
余接空間と微分形式
先に導入した接空間に対して、その双対空間である余接空間というものを導入します。すなわち、接空間
という関係で結ばれます。すなわち、多様体の任意の点
このように、1-形式の
外微分作用素
多様体
を返すものとして定義されます。この
と書ける時、これに外微分を作用させると
となります(縮約記法を用いていることに注意してください)。ここで、関数の微分は添字
より、これは2-形式としての
閉形式と完全形式、ドラームコホモロジー
多様体
一方、
今、多様体
と書け、コバウンダリ集合は
と書けます。この時、コサイクル集合
ドラームコホモロジーは、
を構成することができます。この複体のコホモロジーがドラームコホモロジーです。すなわち、
となります。
多様体
ここで、ドラームコホモロジー群の重要な性質を2つ見てみましょう。これは実際に多様体のドラームコホモロジー群を計算する時に大いに威力を発揮します。
(1)ドラームコホモロジー群のホモトピー不変性:
互いにホモトピー同値な2つの位相空間
(2)Mayer-Vietoris完全系列: 多様体
ただし、
なる写像
ここではこれらの性質の証明はしません(完全系列の存在性の証明はとても大変です。ここではとりあえずそういう系列があるんだなぁと思ってください。この完全系列の存在には「多様体
本題
次の画像のような多様体(
本記事の以下において、この多様体のドラームコホモロジーの計算を行います。 この多様体はいくつかの弧状連結成分に分かれています。そこで、それぞれの弧状連結成分についての計算を行ってから最後にまとめる方針を採ります。議論を簡単にするために、多様体が「①4つの閉じた(中身が空洞の)円筒+②1つの穴の空いた円筒+③5枚の穴の空いた円板+④いくつかの線分」から構成されているものとみなします。これによって、①②③④のそれぞれに対してドラームコホモロジーを計算すれば良いことになります。
紙面の都合上、今回は1次のドラームコホモロジーの計算のみにとどめます。一般の次元のドラームコホモロジーを任意の多様体に対して計算する系統的な手続きはありません(先に上げたMayer-Vietoris完全系列やホモトピー不変性などの性質を利用して計算を楽にすることはできますが)。なお、既に述べたように、
①に対する計算
中身が空洞の円筒は、連続変形によって2次元球面
さて、Mayer-Vietoris完全系列を使って、
この時、
このように
のように書かれます。ここで、
【Poincaréの補題】
ユークリッド空間
Poincaréの補題を認めると、可縮な多様体においては閉形式の集合と完全形式の集合とが一致しており、よってドラームコホモロジーは自明(ただ一つの要素しか持たない群)とわかります。それは単に$\lbrace 0\rbrace $あるいは
が構成できます(ただし、
なお、一般に
となっています。これはMayer-Vietoris完全系列を用いて帰納的に確かめられます。
②に対する計算
穴の空いた円筒は、その穴をどんどん拡張して平べったくしてあげることで、穴のない2次元円板に変形することができます。2次元円板は1点とホモトピー同値(=可縮)なので、もとの多様体も可縮です。より、先述のPoincaréの補題からこの多様体のドラームコホモロジーは自明です。
③に対する計算
穴の空いた円板は、穴の空いた
は閉形式ですが、完全形式ではありません。これを見てみましょう。まず、閉形式であることは外微分作用素を作用させることで確認できます。
完全形式でないことについては以下の通りです。まず、
となっています。しかし、この
さて次に、
を取ってくれば良いことが確認できます(
④に対する計算
線分(
結果のまとめ
弧状連結成分①、②、④についてはその1次のドラームコホモロジー群は自明であり、③については
となります。
結論
今回取り扱った多様体が比較的単純な図形の組み合わせからできていたため、そんなに面白い結果にはなりませんでしたね。というわけで皆さんもドラムを叩きましょう[7]。楽しいよ。
参考文献
中原幹夫「理論物理学のための幾何学とトポロジーI」(日本評論社) https://math.stackexchange.com/questions/2158150/de-rham-cohomology-of-mathbbr2-setminus-textone-point 今野宏「微分幾何学」(東京大学出版会)
(点つき)位相空間上の任意の異なる2点に対して、そのうちの一方だけを含みもう一方を含まないような開近傍をどちらの点に対しても取ることができるとき、その空間はHaussdorfであるといいます。簡単にいうと、Haussdorfであるとは空間上の異なる2つの点を区別できるということだと思っていただいて大丈夫です。 ↩︎
写像
が無限回微分可能でない場合(開近傍を貼り合わせる関数が滑らかでない場合)を考えることもできますが、そのような多様体は接空間の概念が定義できないので扱いにくいです。微分幾何学(およびその概念を用いた物理学)の文脈では、多様体といったら暗黙のうちに可微分なもののみに限定するのが通常です。 ↩︎ ここではさりげなく実多様体に話を限っています。写像
を の部分空間にマップするものに取り替えれば、「局所的に と同相な位相空間」=複素多様体を定義することもできます。 ↩︎ 微分幾何学の文脈では、多様体
の点 を与えた時、「 の元 個、 の元 個を入力として、 に値を返す多重線形写像」のことを一般に -型テンソルであると言います。この呼び方のもとでは、例えば接ベクトル(接空間 の元)は -型テンソルということになります。 ↩︎ ここでの0は数としての0ではなく
-形式としての であることに注意しましょう。 ↩︎ 位相空間
と がホモトピー同値であるとは、連続写像 およbび があって、その合成写像が , を満たす時のことを言います。ここで、連続写像の間の同値関係 については、 と に対して連続写像 が存在して を満たす時 ( は にホモトピックである)と定めています。この写像 を、 と の間のホモトピーと呼びます。 ↩︎ というわけでドラムの話をします。ドラムって楽しいんですよ。バンドをやるとなるとフロントマンは専らボーカルで、ギターやベースは前で暴れ、キーボードは華やかな旋律やサウンドを担います。ドラムはどこにいるかというと大抵後ろの方です。ドラマーは観客から最も遠い位置にいます。そもそもドラムには明確な音程すらありません。ただビートがあるのみです。ここまで言うとドラムってなんか地味じゃない??って思われがちかもしれませんが、まさにそのビートこそがドラムの最も重要かつ輝かしい役割であり、ドラマーが作り出すビートはバンド全体の雰囲気を左右しさえします。そう、ドラムってめちゃめちゃ重要でめちゃめちゃかっこいいポジションなんですよ。音楽(バンド音楽)を聴く機会があったらぜひドラムや打楽器のリズムに着目しながら聴いてみてください。普段と違う音楽の聴き方をすると何か新しい発見があるかもしれません。 ついでに言うと、ドラムって別にただパワーででかい音を叩いているわけではないんです。時に繊細に、時にテクニカルに、時に歌うように、叩き方によって色々な表現の仕方があるのもまたドラムの魅力です。これは打楽器全般に対する魅力でもあります。ドラムの発音原理は至ってシンプルなので、叩き方、すなわち身体やスティックの使い方がサウンドを直接的に支配します(もちろん素材やチューニングなどによっても大きく変わってきます)。言ってしまえば「どこをどのように叩けば、いい音として響くような振動モードを励起することができるのか?」ということになります。身体運動によって変幻自在なビートとサウンドを生み出すことができるのが、ドラムの魅力であり僕がドラムを好きな理由です。 ちなみに、僕が普段使ってるスティックはPROMARK社のスタンダードなやつですが、最近はVIC FIRTH社のterra 5Aというスティックを買ってみました。素材はヒッコリーで先端(チップ)は三角形で、ちょっと軽いですが手馴染みが良く指先や手首でのスティックコントロールがしやすいので好きです。 ドラムといえば、有名な「逆問題」の論文にKacの"Can One Hear the Shape of a Drum?"というものがありますね。ドラムの音を聴く=振動モード(2次元波動方程式の解)を知ることによって、ドラムの形=波動方程式の境界条件を導くことができるか? という内容だったような気がします(読んでない)。ドラムを叩く人はヘッドの張り具合を調整することで音色を変化させるチューニングという作業を行います。チューニングはドラムの音を聞きながら張り具合を確認するという作業なので、工程的には波動方程式の解から境界条件を求めるという逆問題に似ていますね。ほんとか??? ↩︎