電波望遠鏡班

概要

 私たちの班は、電波望遠鏡と呼ばれる装置を自作し、太陽に向けて観測を行いました。 と聞いて、「え、太陽なんて目でも見えるじゃないか」と思った方もいるかもしれません。 たしかに太陽の場合はそうかもしれないですが(残念ながら認めざるを得ない!←)、 電波望遠鏡には電波望遠鏡にしかない強みがあります。

アルマ望遠鏡


国立天文台提供

 南米はチリ、アタカマ砂漠にあるアルマ望遠鏡というのをご存知でしょうか? 正式名称はアタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計。 標高5000メートル、砂漠ゆえ水蒸気のほとんどない極限的な環境に、全66台の電波望遠鏡が並んでいます。 アンテナの向く方向はコンピュータ制御され、一斉に向きを変える様子はまさに壮観です。 さて、アルマ望遠鏡は2013年に完成し、既に多くの成果をあげています。


Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO); B. Saxton NRAO/AUI/NSF; NASA/ESA Hubble Space Telescope

 例えば右の写真は、SDP.81 と呼ばれる遠方銀河を捉えた、今年の4月7日に発表された最新の成果です。 距離はなんと117億光年!みなさん、この写真のどれが SDP.81 銀河だかわかりますか?
 実はこの写真は、 ハッブル宇宙望遠鏡で観測した画像(青)に、アルマ望遠鏡で観測した画像(オレンジ)を重ねているのですが、SDP.81 銀河はオレンジの方です! 青の銀河が手前にあるのに対し、オレンジの銀河がちょうど奥、隠れた位置にあり、オレンジの銀河から出発した光は、青の銀河の重力によって曲げられ地球に届きます。 この現象は「重力レンズ効果」と呼ばれるもので、アインシュタインが予言したことから、これによってできる輪のことはアインシュタインリングと呼ばれます。 物理で出てくる現象の中で1位2位を争うほど面白い現象だと、個人的に思います。
  さて、右の写真を見ると、アルマ望遠鏡の解像度がハッブル宇宙望遠鏡を上回っていることがわかります。 これは電波領域では、光の「干渉」を利用することが可能だからです。 また、可視光は、地球の大気の影響をもろに受けるために、ハッブル宇宙望遠鏡は宇宙空間に置かれていますが、 電波は比較的大気の影響を受けにくいため、地上でも高精度の観測をすることができます。 これは、電波望遠鏡の1つの強みです。

そもそも電波って?


Wikipedia より

 ところで、ここまで「電波」という単語がたくさん出てきましたが、そもそも電波とは何でしょうか。 「電波=オタクが好きこのんで受信している何か」みたいなイメージを持っている人も多い・・・?
 電波は、目に見える光である可視光や、レントゲンに用いる X 線、放射能が発するガンマ線と同じで、電磁波と呼ばれる波の1つです。 ちなみに、紫外線や赤外線も、電磁波です。 これら電波、可視光、X 線、ガンマ線の違いは、波長(波の山と山の間の長さ)です。 波の伝わる早さは、どれも 30 万 km/s で1秒間に地球を7周半します。 高校で習いますが、周波数(1秒間に波が振動する回数。単位 Hz)との間に、「波長×周波数=速さ」の関係があるので、周波数の違いと言っても良いでしょう。 典型的な波長は、電波:1cm、可視光:500nm、X 線 100pm、ガンマ線 1fm です。 右のものほど、ものすごく小さいです。


 一般的に、電磁波は波長と同程度のサイズのものと相互作用します。 これは、水たまりの上を歩くときのことを想像すると理解しやすいかもしれません。 歩幅の大きい人は、水たまりをひょいと超えることができますが、歩幅の小さい人は水たまりに足を踏み入れてしまいます(つまり相互作用します)。 電波は、この中で波長が一番大きいことからわかるように、チリなどがあってもするりと通り抜けることができます。 一方、可視光は、波長がとても小さく、チリがあると影響をもろに受けてしまいます。 そのために、可視光を捉えるハッブル宇宙望遠鏡は、宇宙空間に置く必要があるのです。

波の干渉って?


 さて、アルマ望遠鏡の解像度が良い理由に、「干渉」を利用しているからだと書きました。 干渉とは、ひとことで言えば、2つの波が強め合ったり、弱め合ったりすることです。 上の図を見てください。A、B という2つの波が、同じ場所を振動して進んでいるときに、重ね合わさった波がどのようになるかを表しています。 左の状態を「位相が合っている」、右の状態を「位相が逆転している」といいます。 位相が合うと波は強め合い、位相が逆転していると波は打ち消しあいます。 そして、A と B の位相がちょっとずれていたりすると、A+B は上の2つの場合の中間の状態になります。 馬の合う人といるときは、何をやっても楽しいけれど、馬の合わない人といると何をやっても楽しくない。 それと同じです(ほじほじ)。
 干渉を利用すると、解像度が良くなるのは、干渉は2つの波のちょっとしたずれに鋭敏に反応するものだからです。 詳しくは書きませんが、(角度)分解能は波長を\(\lambda\)[メートル]、2つの電波望遠鏡の間隔を \(D\) [メートル]とすると、およそ\(\frac{\lambda}{D}\)[ラジアン]となります。 先ほどあげたアインシュタインリングの例では、電波望遠鏡の間隔は最大 15km、波長は 1.0mm ですから、分解能がどれほど良いかわかるでしょう(0.023 秒角、つまり 0.023 度の 1/3600 だそうです)。

実際に自作した電波望遠鏡


 さて、私たちは、五月祭での発表に向けて電波望遠鏡2台を手作りし、観測を行ってきました。 当初の目標は、カシオペア A と呼ばれる超新星残骸からの電波を受信することでしたが、 予算や時間的な問題から、太陽を測定し干渉パターン(2つの信号を干渉させることによってできる模様)を得ることを目標にしました。 実験は上手くいったのでしょうか? 興味を持ってくれた方は、ぜひ五月祭に足を運んで確かめに来てください! ここでは、どのような装置を作ったのかについて簡単に触れたいと思います。
 装置の基本的な考え方は、微弱な電波信号を、電気信号に置き換え、PC で読み取れる大きさまで増幅することです。 天体(ここでは太陽)を出発した電波は以下の経路を通って、PC まで到達します。

@アンテナ→Aホーン→B導波管→C交流増幅器→Dフィルター→Eパワーコンバイナ→F検波器→G直流増幅器→HADC→Iノートパソコン


@アンテナ 天体からの電波を反射し、焦点に集めます。スタイロフォーム(発砲スチロール)を電熱線で放物面状に加工し、その上にアルミホイルを貼りました。

Aホーン 型紙でできた四角錐台の部分です。アンテナで反射した電波を、導波管まで導きます。内側にはアルミホイルが貼ってあります。

B導波管 ホーンのすぐ上にあり、電波望遠鏡の渡し棒にくっついている直方体状の部分です。中に電波の定在波を作り、それを利用することで電気信号に変えています。

C交流増幅器 導波管の出力は交流電圧です。ここで交流電圧の大きさを1万倍に増幅します。交流電圧の増幅は 1GHz を超えてくると、自作回路では難しく、今回は既製品を利用しました。

Dフィルター 交流電圧の周波数を 8GHz に絞ります。

Eパワーコンバイナ ここで2つの信号を干渉させます。今回は干渉パターンが見たいだけなので、単に T 字コネクタを使って実現しています。

F検波器 交流電圧を振幅に応じた直流電圧に変換します。

G直流増幅器 直流電圧を1万倍に増幅します。エレクトロニクスIIと呼ばれる授業で学んだ知識を活かして、一から自作しました。

HADC Analog-to-Digital Converter の略で、直流電圧を、PC が認識できるデジタル信号に変換するところです。

どうやって天体の画像を得るのか(発展)

 ここまで電波望遠鏡についてざっくりと紹介してきました。 これから先は、電波望遠鏡で干渉させた結果から、どのようにして天体の画像を得るのかについて紹介したいと思います。 理系大学生向きですが、雰囲気だけでも伝わると嬉しいです。
 さて、トップにあったアルマ望遠鏡の写真を覚えているでしょうか。 たくさんの電波望遠鏡が写っていましたね。 実は、たくさんの電波望遠鏡が設置されている場合でも、天体の画像を合成する際には、そのうち2台をピックアップして受信データの干渉を行います。 数が多いと1回の測定でピックアップできる干渉の組み合わせが多くなるわけです(例えば66台であれば2145通りの干渉データが得られます)。 そういう意味では、今回私たちが製作した電波望遠鏡2台というのは、アルマ望遠鏡の縮小版と言えます!


国立天文台「干渉計サマースクール 2005 教科書」より

ところで、まず天体の方向を\(S\)としたときに、\(S\)を基準にした座標\((l,m,n)\)というのを考えます。 \(S\)から相対的に赤経\(\Delta\alpha\)、赤緯\(\Delta\delta\)だけ離れた方向ベクトルは、次のように定義されます。 \[\left\{\begin{eqnarray*}&&l = \sin \Delta\alpha \cos \Delta\delta \\ &&m = \sin \Delta\delta \\ &&l^2 + m^2 + n^2 = 1 \end{eqnarray*}\right. \]  ここで私たちが最終的に欲しいと考えている天体像は \(I_\nu(l, m)\) と書くことができます(輝度と呼びます)。 これの意味するところは、周波数\(\nu\)の光で見たときに、天体の、中心から\((l,m)\)だけ離れた部分の明るさが \(I_\nu\)であるということです。

 また、2つの電波望遠鏡間の位置関係を\((u,v,w)\)で次のように表します。 \(\lambda_0\) は観測している電磁波の波長です。
\[(u, v, w) = \left( \frac{(\vec{D}_1 - \vec{D}_2) \cdot \vec{e}_l}{\lambda_0} ,\frac{(\vec{D}_1 - \vec{D}_2) \cdot \vec{e}_m}{\lambda_0} ,\frac{(\vec{D}_1 - \vec{D}_2) \cdot \vec{e}_n}{\lambda_0} \right) \]  さて、実験では2台の電波望遠鏡の受信データを干渉させることで、次の相互相関関数を得ます。

\[ C_{1,2}(\tau) \equiv \lim_{T\rightarrow\infty}\frac{1}{T}\int^{\frac{T}{2}}_{-\frac{T}{2}}\epsilon(\vec{D}_1,t)\epsilon^\ast(\vec{D}_2,t+\tau)dt \]

次に、この相互相関関数をτに関してフーリエ変換してクロスパワースペクトルと呼ばれる次の関数を得ます。

\[ C_{1,2}(\nu) \equiv \int^{\infty}_{-\infty}C_{1,2}(\tau)e^{-2\pi i\nu\tau}d\tau \]

相互相関関数はその定義から、\(\vec{D}_1, \vec{D}_2\)に依存するため、\((u,v,w)\)の関数でもあります。 したがって、クロスパワースペクトルも\((u,v,w)\)の関数です。 実は、このクロスパワースペクトルが、輝度と\((u,v)\Leftrightarrow(l,m)\)のフーリエ変換になっているのです(Van Cittert-Zernike の定理と言います)。

\[ I_\nu(l,m) \sim \frac{4}{Z_0}\int_u\int_v C_{1,2}(\nu)e^{-2\pi i(ul+vm)}dudv \]

こうして、干渉データから天体の輝度分布を求める方法がわかりました。 しかし、注意すべきは、途中で\((u,v)\)についてのフーリエ変換を行っていることです。 \((u, v)\)は2つの電波望遠鏡の間の位置関係でした。 したがって、\((u,v)\)についてフーリエ変換を行うためには、2つの電波望遠鏡の色々な位置関係での干渉データが必要になります。 同じコンディションでの干渉データを揃えるためには、短時間でデータを取り切らないといけないので、たくさんの電波望遠鏡が必要になるわけです。


国立天文台「干渉計サマースクール 2005 教科書」より

 最後に、実際の観測データを見てみましょう。上図左は稼いだ\((u, v)\)領域を表しています。 今までに説明した方法で \(I_\nu\)を求めると上図真ん中の輝度分布が得られます。 どうしても\((u,v)\)は全領域(つまり\(-\infty\)から\(\infty\)まで)を覆えないので、波紋のようなノイズが画像に乗ってしまいます。 これを CLEAN と呼ばれる方法で、右の図のような綺麗な輝度分布に直します。 電波望遠鏡の観測像は、こうして、ある意味2地点の受信データのかけ算(干渉)の繰り返しで得られるのです。すごいですよね!

Photo by Dr.Hideaki Fujiwara - Subaru Telescope, NAOJ.