Advent Calendar

「早すぎた男 南部陽一郎物語」を紹介する

「早すぎた男 南部陽一郎物語」という本がとてもおもしろかったので紹介します.
⚠記事の内容は学生個人の見解であり、所属する学科組織を代表するものではありません。

こんにちは,Physics Lab. 2022 Advent Calendarの14日目の記事を担当するうじです.

記事のテーマは,いろいろ悩んだ末に,最近読んでおもしろいと思った本の紹介にすることにしました.その本とは,この秋に出版されたサイエンス作家・中島彰さんの「早すぎた男 南部陽一郎物語」(講談社ブルーバックス)です.

正直この記事を読む時間があるなら紹介している本を読んだほうが豊かな人生を過ごせると思うので,タイトルだけで「その本おもしろそう!」と思った人は,ここから先の記事は読まなくて大丈夫です.

とはいえ,さすがにタイトルだけで購入を即決する人は多くないと思うので,内容の方を少し紹介していこうと思います.

ざっくりとどんな本か

今回紹介する本の内容は,タイトルから想像がつく通り,2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎先生の伝記です.

この記事を読んでいる人は物理学科関連の人が多いと思うので南部先生の名前や業績を全く知らないということはおそらくないでしょう.

しかし,南部先生がどのような人柄の方で,どのような時代を生きて,どのようにして「自発的対称性の破れ」を発見するに至ったかなどの詳細まではなかなか知らないのではないでしょうか.

少なくともぼくはこの本を読んで初めて知ることがとても多く,南部先生の人生を通して物理の発展の歴史を感じることができ,とても楽しかったです.

中でも,著名な物理学者どうしの人間関係などは数式がたくさん載っているような物理の教科書からは容易には知り得ない情報なので,新鮮で特におもしろかったです.

そのため,そのあたりに話を絞って紹介してみようと思います((「この記事を読んだらその本読まなくていいじゃん」となるのは本意ではないので,ここに載せる話はあくまで本全体の中のおもしろい話の中のほんの一部であるということを断っておきます)).

個人的におもしろかったエピソード3選

紹介のために個人的におもしろいなと思ったエピソードをいくつか載せようと思ったのですが,なかなか選びきれなかったので南部先生と3人の有名な物理学者との間の人間関係のエピソードにスポットライトをあててみようと思います.

南部先生とアインシュタイン

説明するまでもないですが,アインシュタインは20世紀の前半に偉大な業績を残した物理学者です.

南部先生は1921年生まれ((2021年は生誕100周年))なので,南部先生が学生になる頃にはすでにアインシュタインは偉人であり,当然のように憧れの気持ちを抱いていたようです.

そんな南部先生は1952年にアメリカのプリンストン高等研究所に渡り,当時そこに在住していたアインシュタインに会う機会を得ます.

ところが,そこでの出会いは次のように書かれています.

しかし,それは憧れの天才が,物理学の進歩について行けず過去の人となったことを知らされるほろ苦い邂逅ともなった.

中島彰『早すぎた男 南部陽一郎物語』74pより

なぜアインシュタインが過去の人に思えたのか,これは本を読めばわかることなので省きますが,あるいは有名なエピソードなので知っている人も多いと思いますが,憧れてた人に会ったときにその人が衰えていたら悲しくなりますよね.......

この本を読みながらそのときの南部先生の心境を想像するのは個人的にエモい経験でした.

南部先生とオッペンハイマー

オッペンハイマーはあのボルン・オッペンハイマー近似のオッペンハイマーです.

そのオッペンハイマーと南部先生の間にはこんな逸話があります.

南部先生の偉大な業績の一つに1961年に論文として発表された「自発的対称性の破れ」がありますが,当時この理論はなかなか理解されないものだったそうです.

その3年後に「自発的対称性の破れ」に関するその論文を受けてヒッグスなどがヒッグス機構に関する論文((実はこの論文の査読が南部陽一郎だったりするらしい))を発表します.

それに関して本にはこのように書かれています.

ヒッグスが研究論文を発表してしばらくたった頃,プリンストン時代のボス,オッペンハイマーが南部を訪ねてきてこう語った.「ヒッグスの論文を読んでやっとお前の考えがわかった」.

中島彰『早すぎた男 南部陽一郎物語』161pより

このエピソードから,南部先生がいかに当時の物理学研究の先を進んでいたかがわかります.

さらには,本に載っているのでここでは触れませんが,オッペンハイマーのもとにいた頃の南部先生の苦労話などを踏まえると,このエピソードがより豊かな意味を持ってきます.

ぜひ読んでみてください.

南部先生と久保亮五

最後に,東大の理学部物理学科の同期ならもれなくエモくなれる話を紹介しましょう.

南部先生が東大に在籍していたのは,終戦後すぐの頃のことでした.

その頃の南部先生は理学部一号館((今ある建物ではない))の305号室に寝泊まりしていたそうです.

これはその305号室に寝泊まりしていた当時の話です.

南部が住む305号室の隣の大部屋から「あのオンサーガーの問題はね......」と議論する声が聞こえてきた.声の主は当時,東大理学部の助手だった久保亮五.その頃にはもう東大いや日本の物理学界のプリンスとして認められていた研究者である.

中島彰『早すぎた男 南部陽一郎物語』41pより

久保先生のことも知っている人が多いと思いますが,南部先生の一歳上の研究者です.

今ある建物とは違えど,理学部物理学科の学生として自分が授業を受けているあたりにこういった有名な研究者が住んでいたという事実は,なんともいえない嬉しさがあります.そういった事実を知ることができると言う点においても,この本を読む楽しさがあるかなと思います.

ちなみに,このとき久保先生が挙げている「オンサーガーの問題」とは,オンサーガーが2次元のイジングモデルの厳密解を求めたことを指しています.

大学の授業で聞くような話をリアルタイムに体験していた人たちの話というのはこのイジングモデルの話に限らずいくつかこの本には載っていて,そういう話を知ることができるのも個人的に楽しかったです.

まとめ

自分で読み返しながらプレゼンが下手すぎるなと思っているのですが,とりあえずこの本をぼくが勧めたい気持ちだけはなんとか伝えられたかなと思います.

今回挙げたエピソード以外にも南部先生の幼少期や家庭の話,ノーベル賞受賞時の話などもっともっとおもしろい話がいっぱい載っています.

忙しくて時間がなくても数式の載っていない本なのですぐに読むことができますし,むしろ勉強モチベを上げてくれるツールになりうると思うので,この記事を読んでちょっとでもおもしろそうだなと思った人はぜひ読んでみてください!

作者紹介
うじ
いつも青い服です