PhysicsLab. 2016 BLOG
2016.03.24. Thu.
Category: 量子情報班
机の上に、コインが一枚、置かれています。ごくふつうのコインで、表には絵が、裏には年号が刻まれています。このとき、「表と裏のどちらが出ていますか?」と尋ねられると、誰もが答えられるでしょう。

もちろん、コインの表裏の判別は、コインの種類によりません。それが1円玉であっても500円玉であっても、あるいは日本のコインであっても外国のコインであっても、表裏のルールさえ知っていれば判別することができます。また、いったん表であることを確認したコインは、少し目を離して、しばらくしてから見ても、表を向いているはずです。ずいぶんとあたりまえのことを言っているような気がします。

それでは、コインを肉眼では見られないほどにどんどん小さくして、量子(電子・陽子・光子など)の大きさの「コイン」を作ることができたらどうでしょうか。このとき作られた量子の世界の「コイン」も、日常のなかで用いられるコインと同様に、表裏の判別は可能であるという直観が働くのではないでしょうか。

しかし、量子の世界は日常の「あたりまえ」の直観には従うことはありませんでした。実際には、表と裏の中間状態、すなわち表と裏の「重ね合わせ」状態が見られるということがわかっています。「重ね合わせ」と言っているのは、一つのコインの表裏を判定しようとしても、あるときは表、またあるときは裏が観察されるということです。日常のコインとは異なって、表が出るのか裏が出るのかは、特殊な場合を除いて決定されません。ただし、表と裏が出る確率だけはわかります。

ここで注意しておかなければならないのは、コインの表裏が確率的にしかわからないというのは、たとえば「表が 60 枚、裏が 40 枚の計 100 枚のコインから一枚選び出したとき、表が出る確率は 60 % 、裏が出る確率は 40 % である」というのとは性質が異なるということです。この例では、コインの表裏はわたしたちが見る前から決まっていて、「表裏が確率的にしかわからない」というのは、表と裏が混合されていることによります。量子の世界で表裏が確率的にしかわからないというのは、この意味ではなく、コインの表裏はわたしたちが見ることによって初めて決まります。

ミクロスケールの世界をつかさどる「量子論」が多くの現象や概念をもたらすのは、この「重ね合わせ」状態にあります。そして、「量子コンピューター」に代表される量子計算・量子情報技術の根源も、この「重ね合わせ」状態が直観を超えていることにあります。

最後に、アインシュタインの有名なエピソードを引用しておきます。アインシュタインの直観は現代から見ると誤っていたものの、その問いは量子論の本質を鋭く突くものでした。

I recall that during one walk Einstein suddenly stopped, turned to me and asked whether I really believed that the moon exists only when I look at it. The rest of this walk was devoted to a discussion of what a physicist should mean by the term “to exist.”
- Abraham Pais
NEXT          TOP          PREV