原子を-273℃(絶対零度)近くの超低温にすると生じる、“ボーズ・アインシュタイン凝縮(略称BEC)”という不思議で面白い状態をつくりだす実験を行っています。また、ボーズ・アインシュタイン凝縮に関する現代物理学の理論の勉強や、関連するコンピューターシミュレーションの制作も行っています。当日の展示では実験結果やシミュレーションを通じて現代物理学の面白さを感じていただければと思っています。(文・中川 裕也)
ボーズ・アインシュタイン凝縮は面白さの源
皆さんは超伝導や超流動といった言葉を聞いたことがあるでしょうか?超伝導とは、特殊な物質を冷やしていくと突然ある温度以下で電気抵抗が0になってしまい、その他にも不思議な振る舞いを見せる現象のことです。PHYSICS LAB.2012に超伝導班があるので、詳しくはそちらもご覧ください。超流動とは、液体ヘリウム(吸い込むと声が変わるあのヘリウムです)を-269℃以下にすると突然液体の粘性(ねばねばさ)が0になってしまう現象のことです。粘性が0なので容器の壁を勝手に上っていくこともできます。
私たちBEC班がテーマとしているボーズ・アインシュタイン凝縮(略称BEC)は、このような超伝導や超流動現象の物理的な起源といえる現象です。どのような現象なのかを一言で表すのはとても難しいのですが、イメージは「超低温では極めて多くの粒子がある一つの状態に集まってしまい(凝縮)、それらが一斉に整然と動く結果、不思議な現象が起こる」といった感じです。
分かりにくいので粒子を人に例えてみると、高温でまだボーズ・アインシュタイン凝縮していない状態はスクランブル交差点のように人々がてんでバラバラに動いている状態(図1)、超低温でボーズ・アインシュタイン凝縮した状態は軍隊の行進のように人が一斉に整然と動いている状態(図2)です。超流動でいえば、ボース・アインシュタイン凝縮が起こった超流動状態ではたくさんのヘリウム原子(粒子)が一斉に整然と動くようになって、まわりの粒子の影響を受けずにスイスイ動けるようになる(ねばねばさがなくなる)のです。
そして、超伝導や超流動でないボーズ・アインシュタイン凝縮現象として、20年程前に世界で初めて実現された冷却原子(cold atom)によるボーズ・アインシュタイン凝縮があります。これはある種の原子のガスを超低温に冷却してボーズ・アインシュタイン凝縮を起こすものです。この方法では原子を-273℃近くにまで冷やす必要がありますが、原子の冷却には精密に制御されたレーザーを使います。
レーザーは日常生活でも目にすることがあるかと思いますが、アニメや漫画などで描かれるようにものを熱くする(焼く)イメージが強いと思います。しかしレーザーは特殊な状況下ではものを冷やすことに使えるのです。しかもその冷却は超高速で、わずか数秒で100℃以上の高温の原子を-273℃付近まで冷やすことができます。私たちの実験・展示では、この「レーザー冷却」について詳しく紹介する予定です。
最後に、ボーズ・アインシュタイン凝縮の研究がどのように応用されるのかについてです。正直に言って、この研究は私たちの生活に直接すぐに役に立つという類のものではありません。しかし、ボーズ・アインシュタイン凝縮を起こした物質を用いれば物理学の本質に迫る精密な実験を行うことができ、さまざまな物理理論の大きな発展に貢献すると期待されています。例えば発見以来40年以上謎のままの高温超伝導の仕組みが解明できると思われていて、もしそうなれば新しい超伝導体が開発され、それを用いたより便利な機械が生まれるかもしれません。あるいは、ボーズ・アインシュタイン凝縮を起こした物質を用いれば量子コンピューターという夢のコンピューターが実現できるかもしれないと研究がすすめられています。
BEC班の展示内容
研究展示1: ルビジウムをレーザーで冷却する 〜3秒で-273℃の世界へ〜
BEC班では、ルビジウムという原子のガスをレーザーで冷やしてボーズ・アインシュタイン凝縮をつくる実験を行っています。レーザーでものが冷える仕組みについては当日の展示や模型でわかりやすく紹介する予定です。また、このページにも理論解説コラムを載せてありますので、興味がある人はぜひお読みください。
5月祭の展示会場では、隣の建物にある実験室の様子をカメラで中継し、ルビジウム原子がほんの数秒で冷却されていく様子をご覧に入れようと考えています。また実際の装置に触れてレーザー実験を体験できるコーナーや、一日数回の実験室ツアーも検討しています。
研究展示2: ボーズ・アインシュタイン凝縮体の振る舞いのシミュレーション
ボーズ・アインシュタイン凝縮した物体がどのように振る舞うのか、計算機でシミュレーションした結果を紹介します。現在行っている実験が上手くいけば実験結果との比較をする予定です。ボーズ・アインシュタイン凝縮した物体はとても面白い動きをするので、ぜひ目で見てこの不思議とワクワク感を味わってください!
展示内容は具体的には、
- 1. ボーズ・アインシュタイン凝縮体の空間分布
- 2. 渦の量子化
を予定しています。
“ボーズ・アインシュタイン凝縮体の空間分布”では、凝縮を起こす前と後では原子の集団が持つ速度の分布が全く異なることを実験結果とシミュレーションで紹介する予定です。
“渦の量子化”とは、ボーズ・アインシュタイン凝縮体が入った器をぐるぐると回していくとある速さまでは凝縮体が全く回転せず、ある速さを超えると突然回転を初めて一つの渦ができるという現象です。しかも渦が一つできてからは速度をあげてもまたしばらく渦が増えなくて、突然二つに増えて…といったように、渦の数がとびとびになります。超流動という性質を示す液体ヘリウムや、レーザー冷却された原子の気体でもこの現象は観測されています。展示ではこの現象のシミュレーションを行い、渦が現れる瞬間をご覧に入れます。
引用元: J. R. Abo-Shaeer, C. Raman, J. M. Vogels, W. Ketterle,
理論解説コラム: BECを物理の言葉で
ボーズ・アインシュタイン凝縮とは
ボーズ・アインシュタイン凝縮とは一体どんな現象なのでしょうか。イメージはイントロダクションにもあるように、「超低温で多数の粒子がある一つの状態に凝縮し、一斉に運動することで不思議な現象が起こる」ですが、ここからは物理の言葉で少し詳しく紹介していきます。
状態って? 〜量子力学の不思議〜
まず、現代物理の基本である“量子力学”という学問について、必要なことを説明していきます。
皆さんはエネルギーという言葉をよく耳にすると思います。エネルギーとは“物体が持つ、仕事をする能力”のことで、直感的には地球上の物体の高さ・運動している物体の速さに対応します。ゆっくり動いているものより素早く動いているものの方がたくさん仕事ができそうですよね! 20世紀以前に発展していた古典物理学では、このエネルギーはどんな大きさでもとりえることになっています。しかし20世紀以降の物理を牽引してきた量子力学では、このエネルギーは“とびとび”の値しかありえないと考えます。つまり古典論ではエネルギーは 17.89, 0.123456…, 0.58, 1.3339789… など自由な値を取り得たのですが、量子論では 4, 20, 3,… などある特定な値しか取り得なくなってしまうのです。この考えは私たちの感覚からすると奇妙ですが、これを基本的な原理の一つとして組み立てられた量子力学は数多くの物理現象を説明することに成功し、私たちの生活を便利にする数多くのモノを作り出すのに貢献しました。
凝縮すると何が起こるか 〜ミクロとマクロをつなぐボーズ・アインシュタイン凝縮〜
物質中では、電子などの粒子がこの“とびとび”である様々なエネルギーを持っています。粒子があるエネルギーを持っていることをあるエネルギー状態にいるとも表現します。エネルギーというのは基本的に低い方が物質にとって気分が良いので、物質中の粒子はエネルギーが低い状態を中心に分布しています。しかしエネルギーが低い状態ばかりにいるのも粒子の乱雑さ・多様性(物理学ではエントロピーといいます)が失われてしまうので、私たちが通常想像するような温度ではある程度の数の粒子がエネルギーが高い状態にも存在します。ものの温度が下がると段々と低いエネルギー状態にある原子が増えていくのですが、ある温度を下回ると、突然エネルギーが最も低い状態に極めて多数の粒子が入ってしまう現象が起こります。これがボーズ・アインシュタイン凝縮です。
“極めて多数”とはどういうことでしょうか?イメージは“私たちの目に見えるほどたくさん”です(マクロといいます)。エネルギーがとびとびになるという不思議で奇妙な量子力学の世界は一般的にはとても小さなスケール(100万分の1mmくらい)の話なのですが、ボーズ・アインシュタイン凝縮が起こると量子力学は私たちの目に見える大きさになるのです。超伝導で磁石が浮くのはその好例です。
このように、ボーズ・アインシュタイン凝縮というのは不思議なミクロの量子力学を目に見えるマクロな形にしてくれるのです。まさに“ボーズ・アインシュタイン凝縮は不思議の源泉”です。
参考文献
- “岩波講座 物理の世界 レーザー冷却とボーズ凝縮”(久我隆弘)
中学高校レベルの物理の知識があれば読めます。ボーズ・アインシュタイン凝縮のことが分かると思います。 - “統計力学 I・II”(田崎晴明)
大学の学部1年生・2年生が読むと、ボーズ・アインシュタイン凝縮が物理学でどう表現されるのかをきちんと学べます。 - “FUNDAMENTALS AND NEW FRONTIERS OF BOSE-EINSTEIN CONDENSATION”(M. Ueda)
大学の物理学科の学生向け。BECの何が面白いのか知ることができます。 - “Atomic Physics”(C. J. Foot)
大学の物理学科の学生向け。原子を冷却する原理について後半の章でくわしく述べられています。
主な活動メンバー
BEC班は理学部物理学科の4年生9人・3年生3人で活動を行っています。実験装置設計・レーザー・制御/シミュレーション・理論・当日発表の5チームに作業を分担し、日々授業の合間を縫って実験やゼミをしています。
中川裕也 (班長) | 茨城から東大まで毎日通う通学ガチ勢。11月にBEC班の実験が始まって以来、学科での授業と実験を捌きながらBEC班の活動に忙殺されている。春休みはたいてい日付が変わるころに帰宅していた。地元である隠れた被災地・茨城のことを憂いている。 |
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池町拓也 (レーザーチーム長) | 実験に用いる安定なレーザー系を一から作っている。この数か月で電子回路づくりの鬼と化した。スポーツ愛好会テニスパートの代表を務めた物理学科では(髪色的にも)異才を放つ存在。一部のメンバーからはヤンキーとも呼ばれる。 |
吉田周平 (制御/シミュレーションチーム長) | 実験装置の制御に使うコンピュータープログラムや回路を作るほか、BECのコンピューターシミュレーションをつくる部門のリーダー。要するにPCまわりの仕事を引き受けている。実家の広島まで走って帰ったり、同姓同名の人を探していたり、面白い人物。人が好きらしい。いつ見ても何らかの仕事をしている。 |
菊池勇太 (理論チーム長・当日発表チーム長) | 物理学科髄一のストイックさを誇る物理学徒。BEC班の理論の勉強および当日発表の準備を担当している。元サッカー部で筋トレにも熱心。彼がやるゼミは深夜まで続くことも。 |
設楽智洋 (レーザーチーム) | 高校時代は生徒会長も務めた誠実な人物だが、寝坊キャラが定着気味。13時からのゼミの際、15時に「今起きました」と彼からメールが来たのは学科の語り草となっている。1台目の自作レーザーを担当した。ひらめき型で努力もしている。 |
林義之 (レーザーチーム) | 駒場(1,2年生が主に過ごすキャンパス)で物理研究会というサークルに所属し、圏論(数学の一分野)や弦理論(現代物理の高度な理論の一分野)の入門書を学んでいた理論派の物理学科生であったが、実験中心のBEC班にとりこまれた。自作レーザー2台目・3台目の製作を担当。彼の丁寧な実験ぶりには定評がある。しかしおそらく将来は素粒子理論の道に進む(班長の推測)。 |
壱岐太一 (制御/シミュレーションチーム) | 北海道から来たpapa。電子回路やPCにとても詳しく、Labviewというソフトを使ったアナログ16chデジタル32chの実験装置制御系をたった一人でつくりあげた。その制御信号を分配する器械の製作も担当している。シミュレーションと配布DVD用動画制作もこなす、頼れるIT職人。 |
森祐樹 (制御/シミュレーションチーム) | バイトに忙殺されているが、自宅でコツコツとシミュレーションを書いている。多忙ゆえその姿を実験室で見ることはあまりないが、きっちりと仕事をこなすやり手。 |