メタマテリアル班は、2000年ごろ初めて製作された「メタマテリアル」について勉強、展示をしています。メタマテリアルとは、波を自由に曲げる構造のことです。最終的には、姿が見えなくなる「透明マント」や高性能な「完全レンズ」に繋がると言われています。私たちはそのメタマテリアルの中でも、いちばん最初に作られた「電磁波メタマテリアル」と、水面波として実際にその性質が目に見える「水面波メタマテリアル」を2012年の五月祭で展示・発表したいと考えています。(文・岩崎 優)
メタマテリアルとは?
はじめてメタマテリアルを提唱したのはイギリスの理論物理学者ペンドリーです。彼は電磁波に対して「屈折率が負になる物質」が作れることを示し、後に実験家スミスによって確かめられました。その構造は、細い金属のワイヤと、途中で切れた金属リングの組み合わせを、いくつも並べた形をしています。
負の屈折率とは、物質に入ってきた光が、逆側に抜けずに、「く」の字型に曲がることを意味します。
例えばコップに注いだ負の屈折率の物質の中に、棒を入れた時のイメージ図は右のようになります。 普通には見られない、何とも奇妙な現象ですね!
ところで、この図と、金属リングのメタマテリアルの様子はだいぶ異なっていますが、大丈夫なのでしょうか? これは、対象としている波が電磁波だから、問題ないのです。我々が水を見たときに、水分子の粒粒が見えず一様な物質に見えるのと同じように、電磁波から見ると金属リング構造は「一様」に見えるのです。
さて、負の屈折率のメタマテリアルは奇妙なだけではなく、役に立つ性質もあります。それは板状のメタマテリアルが、レンズとして働くことです。確かに光(光も電磁波の一種です)の道筋をたどってみると、焦点を持つことが分かります。
しかも、このレンズは普通のレンズよりも性能が良くなるのです! これを「完全レンズ」といいます。
これらのメタマテリアルの性質を用いて、いろいろな応用が考えられています。例えば、先ほどの「完全レンズ」を使えば、データを記録するCD、DVD、ブルーレイディスクに代わる、新しい光ディスクを作れると言われています。なぜなら、光ディスクにデータを記録する際に使うレーザーの光を、「完全レンズ」によってさらに小さく絞り、密度を増やせるためです。
或いは、負の屈折以外では、適切に屈折率を変化させることで光を迂回させ、「透明マント」を実現できるとも言われています。
他には、屈折率を大きくすると、皆さんの付けているメガネを薄くすることが出来ます。さらに大きくすれば、光を止まらせることもできます。これは光データ通信を蓄える「光メモリー」として開発されています。
このように、電磁波・光を曲げられれば、世界を大きく広げることが出来るわけです。
メタマテリアルは「新物質」として大きな注目を浴びていますが、その本質を良く考えていくと、「波動をもっと真面目に考えよう」という試みに他なりません。五月祭ではそういう観点でメタマテリアルを説明したいと考えております。展示を見て、皆さんが波動について理解が深まったと思えるように、頑張ります。是非ご来場ください。
完全レンズについて
ペンドリーの論文(J. B. Pendry, “Negative Refraction Makes a Perfect Lens”, PHYSICAL REVIEW LETTERS 85 (2000), pp3966-3969)によると、「完全レンズ」は誘電率 ε = -1、誘電率 μ = -1 の時に実現でき、この時屈折率は となります。また、抵抗の度合いを表すインピーダンスが なので、これは反射光が無くなることを意味します。普通のレンズでは完全に反射光を消せないので、これが一つ目の「完全」の由来です。
この物質でできた厚さ d2 の板に、d1 だけ離れた位置に物体を置くと、全て同じ角度 θ で入射・屈折することにより、 Z = d2 - d1 の位置に像を持ちます。
これより焦点を持つには、完全レンズの厚さ d2 が、物体の位置 d1 より大きい必要性が分かります。メタマテリアルの「完全レンズ」は近い物を見る場合のみ有効なのですね。
その一方で、「完全レンズ」は通常伝播しない「近接場光(エバネッセント波)」を伝えることが出来ます。
上図の右方向をz軸とし、z方向に進む光を考えます。光の電場を と書きましょう。光(平面波)の分散関係 より、もしも ならば、 と z 方向の波数が複素数になり、電場は E ∝ exp(-z) の形から z 方向に指数関数的に減少します。これがエバネッセント波です。
エバネッセント波は kx , ky が大きいときの波ですが、これは被写体の構造の波数が大きい、すなわち構造が小さい時の情報を持つ波になります。これが減衰してしまうために、普通のレンズでは「分解能=レンズで見られる最小の大きさ」が存在するのです。
ところが、メタマテリアルでは、十分時間をかけることで、エバネッセント波の情報を中に保持することができます(具体的には、何度も散乱させることにより光をメタマテリアル外に逃がしません)。最終的に右に漏れ出てくるエバネッセント波が伝播波と焦点で合わさると、被写体の情報を全て含んでいることになりますので、小さな構造でも再現できるわけです。
このように理論的には解像度が ∞ になるのが、2つ目の「完全」の由来です。
理想的な性質を持つ「完全レンズ」を是非この目で見たいものですが、それを製作するのは簡単ではありません。ε、μ を完全に -1 になるような設計が必要ですし、実際の物質は減衰があります。
8.0GHzマイクロ波メタマテリアル
マイクロ波の領域で、メタマテリアルは初めて作られました。マイクロ波は日常生活でも携帯電話や無線LANに使われ馴染み深かった上、構造の大きさが数mm~数cm程度と手ごろだったためです。
マイクロ波の領域で ε を -1 にするには、金属の細いワイヤを使います。実はそもそも金属の性質としてεが負になっています(だから光を反射して鏡のようになります)。ですが、そのまま使うと少し強すぎる(|ε|が大きすぎる)ので、細いワイヤ状にして「薄めて」使います。
ワイヤの間隔を調整して「薄め度」を変えると、 ε を -1 にできます。 μ を -1 にするには、コイルを使います。電磁波は電場と磁場の流れですので、コイルを電磁波の通り道に置いておくと、磁場とコイルから電流が生まれます。その応答を調整すると、μ を -1 に出来るのです。
糸に重りを吊るした振り子に例えて考えてみましょう。糸を持つ手を左右に揺らすと、重りも揺れます。テンポよく手を動かすと、手を右に動かしたとき重りも右に振れ、左に動かすと左に振れるでしょう。これが「共鳴」です。ここから少しだけ手のテンポを速めると、手が右のとき重りが左に振れ、手が左に来ると重りが右に来る状態になります。
そもそも μ は、物質があって、磁場が来た時に、物質内部に出来る磁場と外部の磁場の比率を表しますので、今、手の動きを電磁場=外部の磁場、重りの動きを物質内部の磁場と思うと、これがまさに μ が -1 の状態なのです。この例では「応答を調整する」のは振り子の糸の長さを変える事を意味しますね。磁場とコイルの場合は、コイルの大きさを変えたり、切れ込みを入れたりすると、応答を調整できるのです。
後は、電磁波から物質として見えるように、それなりの大きさを持つよう、金属ワイヤと金属リング(コイル)を並べてやれば、メタマテリアルの完成です。そうして出来たが、最初に見せたメタマテリアルの写真です。
五月祭でも実際にこれを展示し、「完全レンズ」効果をお見せするために、実験を進めています。
水面波メタマテリアル
メタマテリアルの中では、電磁波メタマテリアルが最も有名で、研究が進んでいる分野です。ただ電磁波が実際に目で見えないので、完全レンズ効果の演示としては、少し面白くありません。そこで、「実際に目で見えるメタマテリアル」として、水面波メタマテリアルを実験中です。水面波メタマテリアルは、メタマテリアルとは仕組みが少し異なりますが、メタマテリアルを理解するには興味深い素材だと考えております。こちらもご期待下さい。
活動メンバー
メタマテリアル班のメンバーは東京大学理学部物理学科の4年生、3年生、合わせて10人弱で構成されています。
岩﨑(4年) | 人間嫌いの班長。教授に話を聞きに行ったり、物を買いに行ったり、水面波で遊んだり良く動いているが、細かいことをぐだぐだ気にして、なかなか前に進まない。 |
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鮫田(4年) | 去年もメタマテリアル班に参加、最古参の紅一点。東大の図書館にも無かった水面波の観察についての論文を見つけ、出版した事務局に問い合わせて論文のコピーを手に入れた。事務局は「がんばっているから」と言って元々有料の論文を無料にしてくれたらしい。 |
小島(4年) | 誘電率・透磁率の等角写像変換、分割リングの透磁率の計算など、メタマテリアル班で一番理論的に難しい部分の論文を担当した理論派。今年に入ってからは電磁波メタマテリアルのシミュレーションを相手に孤軍奮闘している。 |
中前(4年) | 班長に次いで活動に参加している。メタマテリアルのバネモデルを考案し、また水面波メタマテリアルの200個の真鍮円筒を削り出した頼れる人。200個の円筒を 1mm 間隔で並べる地道な作業も彼の努力の結晶(もっと簡単に並べられれば良いよねー)。 |
樋口(4年) | メタマテリアル班だけでなく、去年・今年と五月祭展示の装飾を担当し、さらにはギターとか劇団とかもやっているという働き者。波源のスピーカーを強めるためにアンプが欲しいと言ったら、すぐに持ってきてくれた。 |