原子の集団を-273℃(絶対零度)近くの超低温まで下げると起こる現象である「ボース・アインシュタイン凝縮(略称BEC)」の実現を目指して実験しています。 BEC状態の原子は非常に面白い特性を示し、様々な応用の可能性もありますが、私たちは先ずはBEC状態そのものの実現を目標に設定していました (これはノーベル賞が授与されたほど技術的難易度が高いものです)。
BECという名前はあまり一般的ではないかもしれませんが、超伝導や超流動という言葉は幾分知名度が高いと思います。
超伝導とは絶対零度付近で電気抵抗が0になる現象でリニアモーターカー用の電磁石をはじめとする応用も進んでいます(なお現在はある程度高い温度でもこの現象を起こす研究が進んでいます)。超流動とはこれもまた絶対零度付近で液体の粘性が0になる現象で、そうなった液体は容器の壁をよじ登るなど特殊な挙動を示します。
BECは超伝導や超流動の物理的起源ともいえる現象です。超伝導や超流動がそうであるように、BEC状態の原子集団は私たちの日常の感覚では想像できない性質を示します(コップに入れた飲み物が勝手に這い出てくることを心配する人を見たことはありません)。“常識はずれ”の現象を目の前で見ることが出来るのがBECの魅力です。
やっていることは言葉にすれば簡単で、原子を“集めて”“冷やす”だけです。しかし目標である-273℃が非常に低い温度であるため実際は簡単ではありません(科学実験でものを冷やすためによく用いられる-196℃の液体窒素などでは到底到達できないほどの、超低温です)。
冷却と捕獲はレーザーと磁場の組み合わせで行います。レーザーというと、物を“焼く”イメージを持つ人もいるかもしれませんが、厳密に条件を整えたレーザーを使うと物を冷やすことが出来ます。実際、この技術はそれ自体に(BECの実現とは別に)ノーベル賞が授与されたほど画期的なものです。
BECの実現への過程にはいくつかのステップがあります。その各ステップにおいて、レーザーの波長・強度・偏光、磁場の形・大きさを、全体を統一して、また精密に変化させる必要があります。
真ん中の黒い箱状のものがAOMで、その穴にレーザーを通して用います。
まず、その全体の統一した精密な制御には、LabVIEWというソフトを使用しました。これにより、パソコンから正確な電気信号を数マイクロ秒単位の細かさで出力できるようになります。この電気信号を必要に応じ用いて、下に書いたレーザーや磁場を制御する各器械を管理するわけです。
レーザーの波長、強度の制御は、AOM(音響光学変調器)という器械で行いました(右写真)。
また、AOMの制御には特別な電気信号が必要なため、パソコンからの電気信号をその特別な電気信号に変換する装置も製作しました(下写真)(ほかの器械についても適宜このような装置を自作しました)。
AOMを制御するための装置。製作にはなかなか苦労しました。
波長板。右が\(\lambda\)/4板、左が\(\lambda\)/2板というもの。
レーザーの偏光の調整は、波長板という器械を用いて行います(左写真)。 枠を手でくるくる回すことで、偏光具合が変わります。
磁場は、コイルとアトムチップ(下写真)というものに電流を流すことで発生させました。例えばコイルで広い範囲の磁場を作りアトムチップでは細かい磁場を作るなど、各ステップにおいて二つを巧みに組み合わせて制御します。
左 : コイル
右 : アトムチップ。中心部分の細い線に電流を流します。一から設計し発注しました。
以上BECの実現に必要な器械の一部を紹介してきましたが、もちろん他にも様々な器械を使用しました。これらすべての正確な扱いにはなかなか苦心しました。
当日は、BECの説明や、実験に使用した装置、手法の説明を、ポスターなどを用いてより詳しく行います。
興味を持った方は是非お越しください!