私たち加速器班は、「コッククロフト・ウォルトン型静電加速器」を製作しており、 五月祭当日の展示では、製作した加速器についての説明を主に行う予定です。 このページでは、私たちの活動についても説明しつつ、加速器の原理や歴史、応用についても初歩から解説していきます。当日の発表と併せてこちらの説明も見て頂ければと思います。
加速器とは、電磁気の力を借りてその名の通り小さい粒子にエネルギーを与え、加速する装置です。まずここでは、粒子を加速する方法について見て行きましょう。特に私たちの製作した加速器でも利用している「コッククロフト・ウォルトン回路」の原理も、ここで説明します。
もっとも単純な加速器の概念図。左の金属板の近くを出発した陽子は、右の板に到達するまでに1.5 eVだけのエネルギーを得ます。
まずは単純な例で説明しましょう。図は、一番単純化した加速器のしくみを示しています。
2枚の金属の板が、1.5ボルトの電池を通してつながれています。左の板は電池によってプラスの電気が貯まっているので、
陽子のようなプラスの電気を持った粒子が左の板の近くから出発すると、静電気の力で右の板の方へ加速します。
このとき粒子が加速して得るエネルギーは、電池の性能(電圧の大きさ)、つまり電池が作る2枚の板の間の電位差だけで決まります。
この図の場合に赤い粒子が得るエネルギーは「1.5 eV(読み方はエレクトロンボルト)」となります。
このような単純な方法だと、1.5ボルトの電池ではこの粒子を1.5 eVより大きくは加速できないことになります。
決まった性能の電源を使ってより強力に粒子を加速する方法はないだろうかということで、
1920年代の終わりにコッククロフトとウォルトンという物理学者が、ある工夫を取り入れた加速器を作成しました。
それが、次の図のようなものです。
コッククロフト・ウォルトン回路が組み込まれた加速器の概念図。 同じ1.5ボルトの電池を使いつつも、ダイオードやコンデンサーの回路素子を使い、電池の向きを交互に変える操作を行うことで、 電池本来の電圧より大きい電位差を作ることができます。
この回路では、コンデンサーやダイオードという部品が使われています。 コンデンサーとは電気を貯めることができる部品で、次の図のように電池とつないで電気を貯めると、コンデンサーはその電池と同じはたらきをするようになります。 また、ダイオードは電流の流れる向きを制限する部品で、図の矢印の方向にしか電流を流しません。
左図のように電池につながれ充電されたコンデンサーは、あたかも1.5ボルトの電池と同じようなはたらきをします。 右図は電流の流れを一方通行にするダイオードの記号です。
先ほどの加速器の回路は、電気を貯めるコンデンサーを2つ使っています。
また、向きの異なる2つの電池を使っていて、スイッチでどちらを使うか切り替えられるようになっています。
最初に下の電池を使って右下のコンデンサーに電気を貯めます。
次にスイッチを上側の電池に切り替えると、上側の電池と右下の充電されたコンデンサーの両方を使って左上のコンデンサーに電気を貯めることになります。
スイッチの切り替えを何度も繰り返すと、最終的に左上のコンデンサーは、
1.5ボルトの電池と1.5ボルトの電池のようにふるまう右下のコンデンサーの2つから充電されるので、1.5+1.5=3ボルトの電池によって充電されたのと同じ状態になります。
こうして、1.5ボルトの電池だけを使って3 eVの加速器が作れたことになります
(図では電池を2個使っていますが、電池1個だけでも、電池の向きを自分の手で入れ替えてやれば同じことができます)。
上の図の加速器の例では、もともとの電池の2倍の電位差(電圧の差)を作り出しただけですが、
ダイオードとコンデンサーを同じように繰り返し繋いでいくことで、原理上いくらでも大きい電位差を作り出すことができます。
コッククロフトとウォルトンはこの原理を使って1920年代の終わりに70万eVの陽子加速器を作りました。
その後、彼らは加速した陽子をリチウムの原子核に衝突させて2個のヘリウム原子核を作る実験に成功し、
世界初の人工的な原子核変換の功績から後にノーベル物理学賞も受賞しています。
以上のように、高電位に保つ地点を人工的に作って、電位差を利用して粒子を加速する方式のものは「静電加速器」と呼ばれています。
この方式では、あまりに大きい電位差を作ろうとすると貯めた電気が雷のように放電してしまうため、加速できるエネルギーに技術的な限界があります。
これを克服するため、他の方式の加速器が考えられました。ここではその一つの原理を紹介しましょう。
現代の高エネルギー加速器で使われる加速方式の概念図。加速空洞内の矢印(電場)の向きは周期的に変わるので、 ちょうど望んだ方向に矢印が向いた時に粒子が空洞を通るようにタイミングを調整してあれば、粒子を効率良く加速できます。 幸い、相対性理論により高エネルギーの粒子の速度はみんなほとんど光の速度と等しくなる等の理由から、タイミングの調整は単純です。
図の加速器は、円形のリング内を粒子が何周もすることで繰り返し加速を行うしくみです。
リングの途中にある四角い箱は、中に電磁波が詰まった空洞(加速空洞)になっています。
電磁波の中にある粒子は力を受けて加速されますが、電磁波の様子は時間に応じて変わるので、加速の向きもそれに応じて変化します。
加速する向きが粒子の進む向きと同じになるタイミングでうまく粒子が空洞の中に入るように調整すれば、何周もするうちに粒子がどんどん加速されます。
先ほど説明した静電加速器の場合だと、加速される粒子は電位の高いところから低いところへと落ちるだけで、一度加速されたらそれっきりですが、
今回の場合は電磁波を利用しているため、同じ空洞で何度も加速を行うことが可能なのです。
現在高エネルギーを売りにしている加速器は全てこの電磁波による加速を利用しており、例えば現在最も高いエネルギーで加速を行えるLHCという加速器の場合、
陽子を7兆eVに加速する能力があります。
先ほどは限られた性能の電源を使ってできるだけ多くのエネルギーを粒子に与える工夫について見てきました。 加速器で新しい素粒子や物理現象を探す実験を行う場合、このエネルギーの大きさは特に重要なポイントになります。 世の中の物質の構造を細かく見て行くと、分子、原子、原子核、陽子や中性子…… というように、更に小さい構造が次々に現れることがこれまでの物理学の研究で分かってきました。 微小な構造を実験的に調べるには、それによって引き起こされる現象を見る実験をすればいいのですが、 この構造は、小さいスケールになればなるほどより大きいエネルギーで結びついているという性質を持っています。 粒子にできる限り多くのエネルギーを与えて加速し、衝突させることで、より小さい構造に起因する現象を引き起こし、 ミクロな物理についての知識を得ようというのが素粒子実験のひとつの考え方です。
LHCという、現在世界で最も大きいエネルギーを1個の粒子に与えることができる加速器(が地下に埋まっています)。 陽子約7500個を何もないところから生み出せるエネルギーと同等の運動エネルギーを陽子1個に与えることができます。
加速器の性能を測る上でもう一つ重要なポイントとして、「多くの加速粒子をできるだけ小さい領域に集める能力(『ルミノシティ』と呼ばれます)」があります。 例えば加速粒子からなるビーム同士を正面衝突させて起こる反応を見る際、きちんと粒子同士が衝突して しかも自分が観測したいような反応が起きる確率は得てして非常に小さいものです。 統計的に信頼できるほど多くの回数の衝突・反応のデータを現実的な期間の実験で集めるためには、できるだけ多くの粒子を一度に加速し、 これを狭い領域に絞って衝突を起こりやすくすることも大切です。
茨城県つくば市にあるKEKB加速器。世界最高のルミノシティで電子と陽電子を加速・衝突させることで、 1秒に10個のB中間子・反B中間子対を作れるように設計されていました。 このB・反B対が色々な粒子へと崩壊する様子のデータを使って行われた解析が「小林・益川理論」の検証となり、両氏にノーベル物理学賞が贈られることとなりました。
ここまでは、主に素粒子物理実験に使う加速器を中心に説明してきましたが、加速器の使い道はそれだけではありません。
身近な例だと、(最近はちょっと見かけなくなりましたが)以前普及していたブラウン管のテレビには、電子を加速する機構が入っています。
モニター部は、加速した電子が衝突すると光るようになっており、テレビは使用中常に電子を加速させ続けているのです。
また、医療の方面でも、例えばがんの放射線治療で加速器が使用されています。
近年研究されている放射線治療の手法として、加速した陽子や原子核を身体に照射してがん細胞を破壊する、というものがあります。
加速した粒子が物質中を進むとき、粒子が到達できる距離はその粒子が持つエネルギーによって決まり、
しかも粒子は持っているエネルギーの大半を止まる直前に放出する、という性質があります。
人体に照射する粒子ビームをうまく制御すれば、患部細胞のみに集中的にエネルギーを与えてがんを治せるため、この手法が新たな治療法として期待されているそうです。
他には、化学物質や生物の構造の分析にも加速器が使われます。
例えば兵庫県にあるSPring-8という施設は、科学技術への応用のために作られた加速器です。
電気を持った粒子は、運動する向きを変えると電磁波(光)を放出するという性質があります。
SPring-8では、加速した電子を円形の軌道上で周回させることで電子に電磁波を放出させ、その光を物質に当ててその物質の構造や性質を調べたり、
化学変化を引き起こさせたりといった実験が行われています。
SPring-8の光の源であるリング(写真右)は直径450 m、一周1436 mの大きさです。 実験の提案が通れば、成果を公表することを条件に無料で使用することも可能な施設です。
また、重い原子核からなる重イオンビームを作れる加速器では、ビームを植物などに照射することで突然変異を起こさせ、 効率よく品種改良を行うといった応用研究もなされています。
私たちの実験は、先ほど解説したコッククロフト・ウォルトン回路を利用して、100 kV(10万ボルト)の高電圧を作り、
これを使って陽子を加速する加速器の製作を目指しています。
更にこの陽子ビームを標的に衝突させることでコッククロフトとウォルトンが観察したような原子核反応を見ることが最終目標ですが、
X線の発生や高電圧の扱いなど安全・法令上の問題もあるため、十分配慮しつつ慎重に実験を進めています。
大気中だと、粒子を加速しても空気の分子とすぐに衝突してエネルギーを失ってしまったり、
また放電が起きやすく高電圧が作りにくかったりという問題があるため、加速器は真空容器の中に作り、実験の際はポンプで排気して容器を真空にします。
真空容器は写真のものを理研からお借りしました。
実験に使う真空容器。底面の直径45センチ、高さ56センチの円筒形。
昇圧回路の電気系統としては、商用電源の交流100Vを使用します。 電源装置を使ってまずこれを200Vに昇圧し、トランスを介してさらに5000Vに昇圧します。ここまでは電気は交流です。 この交流電力を、12段の(先ほどの例の12倍)コッククロフト・ウォルトン回路に入力することで、最終的に100 kVの電位差を作り出す計画です (先ほどの例では電池の向きをスイッチで替えていましたが、交流の電気を使うことで自動的にこの操作が行われることになります)。
高電圧のほかには、加速させる粒子も自分で作り出さないといけません。今回は陽子を加速させるので、陽子を作ることになります。 陽子の作り方として、私たちは水素ガスに電子を吹き付けることで水素分子を壊し、陽子を取り出す、という方法をとります。
タングステンという金属に電気を流して熱すると、表面から電子が飛び出すようになる(熱電子放出と言います)ので、 この電子を数十〜100ボルト程度の電位差で加速して水素ガスに衝突させ、生成された陽子をさらに10万ボルトの電位差で加速させる、という流れになります。
製作する装置の全体図。
縦に並んだ金属の筒に徐々に大きい電圧をかけていった際に空間につくられる電位の様子(断面図)。 赤いほど電位が大きいことを示しています。ラプラス方程式を差分方程式化し、ガウス=ザイデル法で計算しています。
電位差で陽子を加速させると言っても、ただ高電圧を作ればいいわけではなく、できるだけ多くの陽子が道をそれずに望んだ方向に加速されるよう電圧の勾配を設計する必要があります。
私たちは、陽子が加速されるコース上に金属でできた筒を並べ、これらの筒に徐々に大きい電圧を与えていくことで、スムースに陽子を加速することにしました。
加速した粒子の検出には、まずはプラスチックシンチレータ(プラシンチと略すことが多いです)を利用することにします。 プラシンチは、中を粒子が通ると光り、またこの光の強度から粒子がプラシンチを通ることで失ったエネルギーを見積もることもできます。 プラシンチの光はそのままでは電気的に取り扱えないので、この光を光電子増倍管(英語ではフォトマルチプライヤー、略称フォトマル)に入力します。 この装置は微弱な光を受け取ると電流を出力する働きをします。 フォトマルからの電流を更にアンプなどに入力して増幅し、信号をオシロスコープ等に入力して波形を観察することで、粒子が正しく加速されているか、 どのくらい加速できているかを見ることができます。
以上のような方針で現在実験を行っています。成果については、五月祭当日の発表や、今後のこのページの更新を通してお見せできればと思います。