テラヘルツ班

概要

 テラヘルツ班はテラヘルツ光という特殊な光を物質に当ててその“色”を見ることで、物質の性質を調べる「テラヘルツ分光実験」を行いました。 このページと五月祭当日の発表ではテラヘルツ光とは何か、テラヘルツ光で見える物理現象について解説をします。(文責 : 松ヶ谷)

テラヘルツ光とは?

 世界には多くの光に満ち満ちています。 赤色、青色、黄色といった目に見える光(可視光)だけでなく、スマートフォンの情報伝達に使われる電波、 電子レンジが食べ物を温めるために使われるマイクロ波、レントゲン撮影に使われるX線といった目に見えないものも「電磁波」と呼ばれる光の仲間です。
 光は波としての性質を持ち、周波数(どれくらいの早さで振動するか)によって分類することができます。 また、光の持つエネルギーはその周波数が大きくなるほど大きくなるという特徴があります。光の周波数(エネルギー)による分類を表したのが下図です。

 図の通り、電波・マイクロ波と目に見える光との中間くらいの周波数を持つ光が「テラヘルツ光」です。 “テラ”は1兆を表す言葉、“ヘルツ”は周波数を示す単位です。 つまり、”テラヘルツ”は1秒間に1兆回振動する光という意味になります。 こう書くととても周波数が高く聞こえますが、実際は目に見える光よりも周波数は低く、そのエネルギーも小さいです。
 中途半端な周波数を持つテラヘルツ光ですが、その性質も電波・マイクロ波と目に見える光の中間的な特徴を持ちます。 特に、光を発生・検出する仕組みとして、電波やマイクロ波はアンテナといった電気回路で発生・検出ができ、 目に見える光はLEDのようなランプで発生ができ、デジタルカメラに入っているCCDと呼ばれる素子で検出をすることができますが、 テラヘルツ光にはそういった簡便な発生・検出装置はありません。 このためにテラヘルツ光を応用することは難しく、テラヘルツ光という言葉を日常で耳にする機会がない理由となっています。
 しかし一方で、テラヘルツ光には他の光にはない重要な特徴があります。「物質中で起こる現象を調べるのに適している」ことです。 まずは目に見える光について考えてみましょう。例えば、物が燃える時には目に見える光を発します。 燃焼は化学反応の一種ですから、化学反応と目に見える光の間に何らかの関係があることを示しています。 実際、化学反応に関わるエネルギーの大きさと、目に見える光のエネルギーの大きさは同じくらいになっています。 これを逆に使って、光を化学物質に当てることでどのような化学的性質を持つか調べてやることができます。 これは次節で説明する「分光実験」という実験手法ですが、テラヘルツ光のエネルギーの大きさは物質中で起こる現象のエネルギーと近く、 目に見える光や電波・マイクロ波などでは調べられない現象を“見る”ことができるのです。

テラヘルツ分光実験のしくみ

 「分光実験」と呼ばれるのは、簡単に言えば「物質の“色”を見る実験」です。
 例えば、机の上にコップが乗っていて、中に液体が入っていたとしましょう。 その中身が何か知りたければ、みなさんはまず色で判断すると思います。 無色透明なら水、オレンジ色ならオレンジジュース、真っ白なら牛乳、真っ黒ならコーヒー、といった具合です。 このとき、コップの中身が何であるかをその色で区別したことになります。
 同じことをもっと精密に行うのが分光実験です。 例えば未知の溶液に光を当て、通り抜けてきた光の”色”を調べることで溶液の中に入っている化学物質を特定するという実験があります。 この“色”は、実は光の周波数のことです。ですから必ずしも目に見える光を使う必要はなく、 その例として目には見えないX線を体に当てて通り抜けてきたX線を捕えることで骨や内臓の様子を調べるレントゲン検査があります。 同じように、目には見えないテラヘルツ光を物質に当て、テラヘルツ領域での“色”を見ることで物質の性質を調べるのが「テラヘルツ分光実験」です。
 テラヘルツ分光実験では様々な現象を調べることができます。 例えば、今回テラヘルツ班が行った実験では、水の分子が回転している様子、シリコン(Si)の中で“電気の素”である電子が運動している様子、 低温下で電気抵抗が0になるような超伝導体と呼ばれる物質中での電子の振る舞いを調べることに成功しました。次節以降で実験内容を紹介します。

水分子の回転運動

 水の分子は化学式がH2Oと書かれるように、H、つまり水素原子が2つと、O、酸素原子1つから成り立っており、下図のように“くの字”に結合しています。

 この水分子は大きさを持っているので、コマのように回転することができ、それに必要なエネルギーはちょうどテラヘルツ光のエネルギーと同じくらいになっています。 よって、水にテラヘルツ光を当てると回転に対応するエネルギーの光を吸収して水分子が回転し、結果として水を通り抜けるテラヘルツ光は少なくなります。 湿った空気と乾燥した空気についてテラヘルツ光の通りやすさを調べ、その比を調べた結果が以下のグラフです。

 縦軸は(湿った空気を通り抜けたテラヘルツ光の強度)÷(乾いた空気を通り抜けたテラヘルツ光の強度)、横軸はテラヘルツ光の周波数を示しています。 矢印で示した、およそ1.2、1.7テラヘルツ(THz)のところでテラヘルツ光が吸収されているのがわかります。これが水分子の回転に必要なエネルギーと対応しています。

シリコン(Si)中での電子の運動

 シリコンをはじめとする半導体は回路素子としてコンピューターや多くの電子機器に使われています。 半導体中の電子はほとんど自由に飛び回り、ときどき障害物に衝突して向きを変えるという運動をしているのですが、 光によって電子を揺らすことができるのを利用してこの運動の様子をテラヘルツ分光で調べることができます。 具体的には、光の通りにくさを示す誘電率(屈折率の二乗)、電気の流れやすさを示す伝導度(電気抵抗率の逆数)を分光実験の結果から計算することができます。その結果が以下のグラフです。

 十字の印が実験から計算した値、曲線が理論から予測される値です。
 誘電率について、周波数が低いところで小さくなっているのがわかります。これは電子によって光が通りやすくなることと対応しています。
 伝導度について、光の周波数が高くなるにつれて小さくなっていくのがわかります。これは周波数が高くなるにつれて電子が光の振動についていけなくなることと対応しています。
 これらの結果は半導体中での電子の運動を裏付けるものです。

超伝導体中での電子の振る舞い

 超伝導、という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。 超伝導は、超伝導体と呼ばれる物質が「転移点温度」と呼ばれる温度より低いところで示す特殊な性質のことで、電気抵抗が0になる、磁場を遮断する(マイスナー効果)など、通常の物質ではあり得ない特徴を持っています。
 超伝導になった物質中では、2つの電子が「クーパー対」と呼ばれるペアを作り、物質中を抵抗なく飛び回る、という現象が起こります。 このクーパー対は、物質中を抵抗なしに運動する、転移点温度で出現しそこから冷やすほど数が増える、「超伝導ギャップ」と呼ばれる一定以上のエネルギーを加えると電子2つに壊れる、といった特徴があります。この超伝導やクーパー対に特有の性質をテラヘルツ分光実験により調べることができます。
 超伝導体であるNbNについて、テラヘルツ光の透過率、伝導度の実部、クーパー対の密度と温度の関係を調べた結果を以下に示します。

 透過率と伝導度のグラフについて、温度が低くなるごとに赤、緑、青と色を変えてあります。 クーパー対密度のグラフについては横軸が温度になっており、点で示されているのが実験結果から計算した値、 曲線で示されているのが実験値をもとに理論的に推定した値です。
 透過率について、低温では周波数の低い光が遮断されることがわかります。これは磁場を遮断するマイスナー効果によるものです。 というのは、光は「電磁波」とも呼ばれるように電場と磁場の振動であるため、磁場を遮断する物質に遮られてしまうのです。
 伝導度について、凹みはクーパー対が壊れるエネルギー(超伝導ギャップ)に対応しています。
 クーパー対密度について、温度が低くなるほどクーパー対が増えることがわかります。また、クーパー対が初めて出現する温度(転移点温度)はグラフから15K(-258℃)と読み取れます。これは電気抵抗が0になる温度と一致しており、実験が正しく行われていることを裏付けています。

特殊な超伝導体 : MgB\(_2\)

 これまでの実験は、一般に性質がよく知られている物質を調べ、その性質を確かめるというものでした。 しかし、研究における実験というのはえてして誰も知らないようなこと、見つけていないようなことを調べ、新しい発見を目指すものです。 テラヘルツ班の実験は研究というところまで発展しませんでしたが、その片鱗に触れることはできました。
 MgB\(_2\)という物質があります。これは二種類のクーパー対をもつ特殊な超伝導体で、NbNと同じ理論では説明できないことがわかっています。 このMgB\(_2\)についてもNbNと同様に分光実験を行い、透過率や伝導度、クーパー対密度を調べました。
 そのうち、クーパー対密度を調べた結果を以下に示します。

 低温ほどクーパー対が増えるのは同じですが、NbNの時と増え方が異なることがわかります。 特に21K(-246℃)のあたりで理論的に推定した曲線の傾きが変わっているように見えます。 この理由はわかりませんが、もしかしたらクーパー対が二種類あることと対応しているのかもしれません。 少なくとも、NbNと同じように説明することはできない現象であることが見て取れます。
 このように、テラヘルツ分光は性質のよくわからない新物質を調べるのにも有効です。

おわりに

 最後まで読んでいただきありがとうございます。物質の性質を調べるツールとして、テラヘルツ分光実験の強力さを実感していただけたでしょうか。
 今回の発表では「テラヘルツ光を用いて物性現象を調べる」というところに焦点を置き、実験装置の成り立ちや、テラヘルツ光を発生・検出する原理、 「時間領域分光」と呼ばれる、光の時間波形を直接検出することで光の時間的な遅れを引き起こす現象を調べることのできる実験手法などについてはあえて割愛させていただきましたが、 実際に実験を行う上では欠くことのできない話ですし、面白いこともたくさんあります。 詳しいところが気になる方がいらっしゃいましたら、ぜひぜひ直接聞きに来てください。

五月祭当日はより洗練した説明、新しい実験結果を準備してみなさんをお待ちしています。

Photo by Dr.Hideaki Fujiwara - Subaru Telescope, NAOJ.