相転移班

概要

 みなさんは相転移というのをご存知でしょうか。
 実はこれは身近なところにあります。たとえば暑い日は氷を飲み物の中に入れることが多いでしょう。すると、その氷はやがて融けて水になってしまいます。氷が融けて水になる(融解)というのは一つの相転移です。逆に水を冷やしていくと氷になる(凝固)わけですが、これも相転移です。さらに水を熱していくとやがて沸騰して水蒸気になります(蒸発)し、水蒸気を冷やすと水になります(凝縮)がこれらもすべて相転移と呼ばれます。
 このように、相転移とは温度や圧力を変えていくことでマクロなものの性質が大きく、劇的に変わる現象のこと言います。

 ここまで聞くと相転移は地味でつまらないと思うかもしれませんが、物理の世界では相転移と一口に言っても実に様々なところで登場する普遍的な概念なのです。

超伝導と超流動

 さらにいくつか相転移の例を紹介しましょう。


wikipediaより

 金属について考えます。金属にはその種類に依った大きさの電気抵抗がありますが、冷やしてやると一般的に電気抵抗が小さくなることが知られています。そしてさらにどんどん冷していくとスズや鉛などの一部の金属は絶対零度(-273.15℃)付近で突然電気抵抗が0になり、一度電流を流すと電圧をかけなくてもかなり長い間電流が流れ続けるようになるのです。この状態のことを超伝導状態といいます。
 電気抵抗が0ということは電流を流す時のエネルギー損失がほとんどないということです。この技術は大きな電流を流し続ける上で重要で、リニアモーターカーに応用されており最高時速600km越えの立役者にもなっています。

 さて、こんどはヘリウムを冷やすことを考えてみましょう。ヘリウムの相図は以下のようになっていることが知られています。左の下の方の2.2K付近に見慣れない「超流動」という状態があるのが分かります。


福山研究室HPより

 これは粘性が0であるというとても興味深い性質を持っています。イメージがわかないかもしれませんが、例えば水の中で手を動かそうとすると重さを感じますが、超流動ヘリウムで同じことをしようと思うと(もちろん実際には冷たすぎてできないですが)まったく抵抗を感じることなしに手を動かすことができるのです。
 当然粘性が0の液体というのは私たちが日常生活で目にすることはないと思いますが常識では考えられないような性質がいくつかあります。

 例えば、ガラス管の底をチョークの粉を固めて塞いだとしましょう。そこに上から水を入れても当然下から零れ出ることはないでしょう。しかし、そこに超流動ヘリウムを注ぐとなんと以下の図のように蓋をしているチョークの粉をすり抜けて流れ出てしまうのです。

 また、ビーカーに超流動ヘリウムを入れたとします。すると私たちが何もしなくてもひとりでに壁を登っていきます。そしてビーカーの中と外の液面の高さが等しくなるまで外へ流れ出続けるということが起こります。

XYモデル

 超伝導と超流動、ふたつの不思議で興味深い状態を紹介しましたが、どちらもその状態に相転移を経て至ります。実はそれらの相転移はどちらもある抽象的なモデルを考えることで説明することができます。それを説明します。
 とても大きい格子を考えて、その格子点のそれぞれに同じ平面内を自由に回転できるような矢印があるとしましょう。さらにその矢印は温度が低いほど隣の矢印と同じ方向をむきやすく、逆に温度が高いほど隣とは関係なくバラバラの方向を向きやすいとします。これをXYモデルと呼びます。すると、全体としてみたときに温度が高いときはどこもまったく別の方向を向き、温度を下げて行くとあるところで突然同じ方向を向くようになります。これはまさに相転移であることがわかりますが、実はこのようなモデルが超伝導や超流動と整合していることが知られています。

私たちの実験

 今回の私たちはこのXYモデルに対応する系を実際の物質で作って温度変化を観測することを目標に実験を行っています。以下では、具体的にどのような物質を用いてどのように測定するかを説明します。

 実はXYモデルの振る舞いというのは考える系が二次元と三次元では異なることが理論的に知られています。そこで私たちはこの両方について調べようとしています。

 まず二次元についてですが、まず完全な二次元の系を用意する必要があります。例えば紙などでいいのではないかと思われるかもしれませんが、分子レベルで見てみるととてもデコボコしており、とても本当の二次元系とは言えません。そう考えるととても難しい問題であることがわかると思いますが、私たちはグラフェン物質を用います。これは下図のように炭素原子がシート状に蜂の巣構造をなして延々と続いている物質です。


福山研究室HPより

 これは原子レベルで見ても一枚のグラフェンのシートの厚さは原子一つ分であり、完全な二次元系を作っているといえます。
 この上に超伝導物質であるスズを島状に離して載せることで二次元系に超伝導状態を実現することができるのです。
 超伝導状態を考えるとき、上のXYモデルの矢印の「揃い具合」は抵抗を測ることで知ることができます。従ってこの試料を超低温に冷やしながら抵抗の変化を測定しました。

 次に三次元系についてですが、これは単純に液体ヘリウムを冷やしていくことで得られる超流動状態を用いて測定します。しかし、ここでどう液体ヘリウムを冷やすかということが大変なので工夫しなければなりません。液体ヘリウムは大気圧では沸点が4.2Kなので、室温などでは常に沸騰している状態にあります。つまり相図で言えば液体と気体の間の線に対応する状態にあるのです。これを真空ポンプで排気していくとその線に沿って減圧されると同時に温度も下げることができます。これによって(真空ポンプの性能によりますが)1Kほどまで下げることができます。(先ほど説明した超伝導状態は、このようにして冷却した液体ヘリウムを用いて冷却します)
 そして何を測るかということですが、もちろん超伝導のように抵抗を測ることはできません。今回は液体ヘリウムという大きな系を扱うので、比熱(物の温まりやすさ)を温度変化させながら測定します。

実験結果は五月祭当日をお楽しみにしていてください。

Photo by Dr.Hideaki Fujiwara - Subaru Telescope, NAOJ.